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2014-12-08 更新
加瀬 亮
先ごろ開催された第36回ナント三大陸映画祭でグランプリを受賞したという嬉しいニュースも飛び込んできた、加瀬 亮主演×韓国の鬼才ホン・サンス監督の最新作『自由が丘で』の日本公開が間近となった。第71回ヴェネチア国際映画祭開催中に行われた加瀬 亮の合同インタビューをお届けしよう。
日がとっぷりと暮れたヴェネチア・リド島。9月初旬だというのに、風にはすでに秋の気配がある。海辺に近いオープン・スペースで取材陣が待機していると、やがて闇の向こうから細い体に黒のスーツをまとった加瀬 亮がやってきた。
時差を解消する暇もないほど短期間の滞在で、少し疲れた面持ながらも柔らかな微笑みを絶やさず、紡ぎ出されるその言葉には、敬愛する監督の映画に主演できた喜びと、その映画がヴェネチア国際映画祭で上映されたことへの興奮がにじみ出ていた。
本作への主演は、ホン・サンス監督と日本の某誌で対談する機会があり、対談後に二人で煙草を吸っていたときにオファーされたのだという。ただ、監督はそれ以前からすでに、国際的な場でも活躍していた加瀬 亮という日本人俳優から新たな映画へのインスピレーションを受けていたようだ。加瀬がアッバス・キアロスタミの映画(『ライク・サムワン・イン・ラブ』2012年)で釜山国際映画祭に行った際、受けたインタビュー映像を見て彼に興味を抱いたと、後に知らされたのだと明かした。一方の加瀬は、いつか出演できる機会があるとは思いもよらなかった頃から、ホン・サンスの映画に惚れこんでいたという。これはまさに、監督と俳優の幸福な出会いと言ってよいだろう。
「監督の映画が好きなのは、理想的な人物が出てこないからです。僕は俳優とはいえ、カッコいい人間では全くありませんし、自分に自信もありません。ですから、監督の描く人々が信じられたんですね。監督は普通の人々の情けなさも愚かさも全て受け入れて、決して裁かないんです。ですから、俳優も演じる人物を裁かなくていい。たとえ殺人者であっても、その人の目で演じることができるんです」。
ホン・サンスの現場にはあらかじめ出来上がった脚本というものがない。撮影当日に台詞を渡されるので準備のしようがないのだ。その状況の中に投げ入れられた俳優は、いつの間にかその世界の住人にならざるをえなくなっていると加瀬は言う。「カメラの前に出ると、必ず気取りがあるものです。カッコ悪い役であっても、それは見せていいカッコ悪さなんです。でも、ホン・サンス監督は絶対にそれを許してはくれません。ですから、自分でも驚くほど素の姿が写されているんですよ。あの引きずるような歩き方も僕自身なんです」。
俳優の素を引き出すことに長けた監督は撮影に入る前、俳優たちと何度も酒を酌み交わし、プライベートにも踏み込んだ多くの質問を投げかけ、歌を歌わせるという。「もともと僕はあまり酒には強くないのに、ものすごく飲まされましたね。肩を支えられて歩いているシーンは、酒のせいで本当に歩けなくなったときだったんですよ」と苦笑する。
本作は、ホン・サンス監督が同映画祭での会見で「順番がバラバラになった手紙を読んでいくと何が生じるのか、私自身も観客と共にそれを見てみたいと思ったことが本作を創る契機となった」と語っていたように、通常の時間の流れとは異なった時系列によって構成されている。恋愛を巡る普通の物語のようでいて、観ながら奇妙な違和感にとらえられていくのはそのためだ。加瀬自身、「時系列がいじられることは知らされていなかったため、出来上がった映画を観てものすごく驚きました」と言う。そして「僕自身はこれまで7回観ましたが、観る毎に新たな発見があります。さまざまな見方が出来る作品です」と自信を示す。
ちなみに、映画を撮る度に必ず不思議な偶然に遭遇するというサンス監督にとって、今回も驚くことが起きた。来韓するとき、本を3冊持ってくるようにと言われて加瀬が持参した本の中に、吉田健一の「時間」があったのだ。それを選択した加瀬はもちろん、時間が大きな意味を持つ映画であることは知らなかった。偶然は姿を変えた必然かもしれない。ここにも、ホン・サンス監督と加瀬 亮の相性の良さを示す符牒があったと言ってよいのではないか。
さて、ヨーロッパでも人気の高いホン・サンス監督の新作、特に主演が加瀬 亮ということでオーディエンスの反応が気になるところだ。加瀬は、「韓国ではみんながずっと笑っていて、イタリアでは真剣に受けとられているという感じ」だったと言う。「この映画にはさまざまなレイヤーがあって、人それぞれ感じ方が違うのは自然なことです。監督自身は絶対に、どういう映画であるか説明しません。監督が答えたらそれが答えになってしまいますからね。人々の感想、意見にオープンなのがホン・サンス監督なんです。僕自身もぜひ、皆さんの感想をお聞きしたいですね」と締めくくり、一層濃くなった夜の闇の中にひっそりと立ち去っていった。
(取材・文:Maori Matsuura、写真:71th Venezia Film Festival official materials)
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