2022-08-08 更新
岡部芳彦(神戸学院大学教授・ウクライナ研究会会長)&藤原亮司(ジャーナリスト)
ドキュメンタリー『ウクライナから平和を叫ぶ~ Peace to You All ~』のトークイベントがユーロスペースにて8月7日(日)に実施され、ドネツクを16回訪問したことがある岡部芳彦氏(神戸学院大学教授・ウクライナ研究会会長)と2016年に本作監督と同じくドネツク側から取材した藤原亮司氏(ジャーナリスト<ジャパンプレス所属>)が登壇。8年前から現在に続くウクライナの状況について解説した。
冒頭、藤原氏は「2016年にロシア側から親ロシア側のドネツクに行き、今年3月から2ヵ月あまりウクライナに取材しました」と話し、岡部教授は「僕は2009年から2013年までドネツクに16回ほど行っておりまして、戦争が始まってから行っていないんですけど、藤原さんは行かれているということで、二人で話すと話が繋がっていいのではないか」とこの2人の登壇になった理由を説明。
本作の感想を聞かれた岡部教授は、「8年前から戦争が始まっていたということと、これをもう少し早く観られていたら、おこがましい言い方かもしれないですけれど、今回の戦争が起こらなかったとは言わないけど、いい影響があったのではないかと感じました」と本作の重要性を示唆。
劇中ムラヴェツ監督はドネツク側の住民に親身になって話を聞いているが、途中からドネツクに入れなくなった理由を聞かれた藤原氏は、「理由は分からないんですが、僕が2016年4月にドネツクに入ったのはロシア側から入ったんです。ロシア当局の許可を得て、ロシア側から通訳とドライバーを連れていくという条件でドネツク人民共和国の取材の許可が下りたんです。手続きがロシア側からやらなくてはいけないという事情があったのでは?」と推測した。
岡部教授は「ドネツクはのんびりした田舎の都市で、紛争とは無関係の都市だったので、まさか2014年のキーウの政変が紛争につながるとは想像もしていませんでした。本作はそれを捉えた貴重な映像でした。『ドンバス』いうウクライナ人監督の映画はすごくよくできた映画だけど劇映画。こちらは実際の映像なので、迫ってくるものが違うと感じました」とドキュメンタリー映像の力を再確認した模様。岡部教授は「ロシアは8年間秘密戦争を進めていたという目撃者は多くない。本作はそういう場面が描かれていて、貴重だなと思いました」と話した。
岡部教授は「劇中、ウクライナ軍の兵士が『素人集団はすぐ分かる。(親ロシア派の兵士は)実際はロシア軍だ』と言っていますが?」と聞くと、藤原氏は「ロシア軍は2014年に大リストラがあって、軍を辞めた人が多い。ロシアは民間軍事会社を作って彼らを再雇用してシリアに売ったり、ドネツクに送っていた。僕が取材した中尉さんが3人いるけれど、彼らは本国にいる時は大尉や少佐だったけれど、ドネツク軍に呼ばれてドネツク人民共和軍の中核を担っていると言っていました」と証言した。
藤原氏は「プーチンが目論見で見誤ったのは、ウクライナの人たちがウクライナを守りたいという意識の高さ。2016年の時は激しい戦闘はなかったけれど、今回は一般の人も何かしら自分たちができることはやっていました。ウクライナの人は個人個人で、軍や地域防衛隊に志願したり、物流を手伝ったり迷彩ネットを作るボランティアをやったり、避難する人がいたり、あるいは、『今まで通りの生活を送ることがロシアへの抵抗だ』と言っていたりとそれぞれで動いていました。彼らはユーロマイダン革命とオレンジ革命の2回の革命でようやく言論の自由を手に入れました。その自由をまたロシアによって制限されたり奪われるのは絶対嫌だという意識がありました」と報告。
岡部教授は「2010年頃まではウクライナ人はウクライナ人であることに誇りは思っていたけれど、『国を守る』という思いは人によって違うと思っていました。でも、2014年にクリミアが占領されて東ウクライナの戦争が始まってからは国を守らなきゃという意識が強くなりました。『ウクライナ人がウクライナ人である意識に目覚めた』という意味で、プーチン大統領が“非ナチ化”などと言っているのかもしれない。自分の国を好きという当たり前の感情を否定して、隣の国も自分たちと同じ文化圏と言うのは無理があるのでは?」と苦言を呈した。
「ロシアがひどいことをしている」とツイートすると、親ロシア派のアカウントが「8年間虐殺してたから当然だ」と言ってくる、という話に藤原氏は、「ロシアはプロパガンダ、情報戦略がうまい。『ロシア住民は虐殺されていた』とフェイクニュースのサイトやインフルエンサーを使って流しています」と解説。岡部教授は「最初の2ヵ月はみんな説得しようといろいろと対話を試みていたけれど、僕は最初から諦めていました。戦争が始まると、急に愛国者になる人がいます。その人たちを説得するというのは難しい。戦争が終わるまで対話は難しいのではないか」と持論を展開した。
ロシア人だと名乗る人は少ないのに、なぜ親ロシア派の共和国ができたのかという質問に、岡部教授は「今ドネツク人民共和国の指導部になっている人たちは2014年まではどちらかというと社会で認められていなかった人たち。下剋上みたいなところがあって、千載一遇のチャンスでした。『君が首相だ』と言われたらおいしい話なので、ロシア側から特殊部隊が侵入する中で、協力したら出世できるんじゃないかと乗っかる人たちが出てきました。どんなにロシアに近い立場の人たちも、高い地位にいた人たちは全員追放されたし、市民もこんなところには住んでいられないと逃げました。劇中でムラヴェツ監督が『力への渇望が見えた』と言っているのがまさにそうで、ロシアの思惑に乗ったというのが大きいのではないか」と解説した。
岡部教授は、「ゼレンスキーが公式に言っている目標はシンプルで、『2月24日に戻すのがこの戦争の終着点だ』と言っています。二つの共和国はその時は存在していましたし、クリミアは占領下にありましたが、現実的には非常に難しい」との考えを示した。
最後に、私たちが何をできるか聞かれた藤原氏は、「2月~3月は『ゼレンスキー大統領は国民を守るために降伏したほうがいい』だとかいう声があったんですけれど、意見は自由だけれど、当事者の決定を外野の人たちがジャッジしないということを気にかけて戦争について考えるのが重要だと思っています」と訴えた。
岡部教授は「藤原さんのシリアの取材の本で書かれていたけれど、シリアは最初注目されていたのに忘れ去られていきました。ウクライナへの関心が薄れていくのは当然だが、状況は変わらず、ウクライナが押し返しているわけでもない中で関心を持ち続けるのが日本からできる一番の支援ですし、戦争を終わらせる近道かなと考えています。原点のようなことが2014年にあり、現在に続くということが本作の映像で捉えられているので、友人に薦めていただければと思います」とメッセージを送り、トークイベントは終了した。
渋谷ユーロスペースでの公開を皮切りに、8月26日(金)にシネリーブル梅田(大阪)、名演小劇場(名古屋)、9月2日(金)にフォーラム仙台、アップリンク京都、八丁座(広島)、9月3日(土)にキネマ旬報シアター(柏)、9月9日(金)にシネ・リーブル神戸(兵庫)、シネマテークたかさき(群馬)、シネマクレール(岡山)、9月10日(土)に厚木の映画館kiki、9月16日(金)に静岡シネギャラリー、9月24日(土)にシネマディクト(青森)、9月30日(金)に福山駅前シネマモード、近日には上田映劇(長野)、シネ・ピピア(宝塚)と、続々上映劇場が決定している。
(オフィシャル素材提供)