2021-08-08 更新
青山真也監督
明治神宮外苑にある国立競技場に隣接した都営霞ヶ丘アパートは、10棟からなる都営住宅。1964年のオリンピック開発の一環で建てられ、東京2020オリンピックに伴う再開発により2016年から2017年にかけて取り壊された。ドキュメンタリー『東京オリンピック2017 都営霞ヶ丘アパート』は、オリンピックに翻弄されたアパートの住民と、五輪によって繰り返される排除の歴史を追った。この度、2014年から2017年の住民たちを追った青山真也監督のオフィシャルインタビューが届いた。
青山真也監督
日本生まれ、東京在住。
映画監督。ドキュメンタリー映像作家。
自作以外にも田中功起監督の『可傷的な歴史(ロードムービー)』や小杉大介監督の『A False Weight』などの撮影監督を務めるなど、美術作家による映像作品やドキュメンタリー映画に多く携わるとともに、美術展示やパフォーマンスの映像記録も多数関わる。
2013年にオリンピックの東京開催が決まった直後にドキュメンタリー映画『オリンピア52についての新しい視点』(監督:ジュリアン・ファロー)を見ました。フランス人の映画監督のクリス・マルケルが若い頃に制作した、1952年のヘルシンキオリンピックの記録映画『オリンピア52』を検証するというユニークな映画です。
この映画内で、『オリンピア52』の撮影秘話が語られるのですが、マルケルの撮影チームは競技場のメディア席に入ることができず、観客席からの撮影を強いられます。競技者の力強い姿をカメラに収めることができなくなったマルケルは、客席から一番良く撮影できる観客たちの姿を豊かに描きます。
オリンピック大会そのものや、スポーツ自体を撮らなくとも、オリンピック映画は作れるのではないかということを学びました。
この映画を観た後に、今度の東京オリンピックで2度目の立ち退きに遭う人がいるという噂を耳にして、霞ヶ丘アパートに足を運びました。
この映画の目的の一つは、オリンピックによって無くなってしまう「生活」をカメラに収めることでした。高齢単身者が多いこの住宅では、テレビを見て1日を過ごすという人が多くいました。ご飯の時だけ立ち上がって、それ以外は1日中、ベッドの上でテレビを見るという人もいました。それはある種、この団地(霞ヶ丘アパート)のリアルだったと思います。そんな生活を撮影するのに、手持ちカメラだったり、クレーンなどの大きな機材だったりは必要ありません。それよりも、三脚をしっかり据えて、静かに撮影をするべきだと思いました。
また、団地というのは様々な人々が身を寄せる、様々な意見を持つ人たちの集まりです。そんな様々な人々の生活を記憶に収めるということをこの映画では行っているのですが、関わりあう際に適切な距離感を保つ必要がありました。手持ちのカメラで私の関心が向かうままに記録をしていては成せない距離の保ち方が、この映画ではできているのではないかと思います。
移転後に元住民と話していると、「私たちは国策に協力したんだ」「私たちがどいたからオリンピックが開催できるんだ」と話してくれる人たちが何人もいました。撮影していた当時、彼らが重い荷物を持って、心も体も限界まで追い込まれ引越しする姿を見て、“悲しいオリンピックへの参加”のように感じる場面が多くありました。
霞ヶ丘アパートの立ち退きは、通常の公営住宅の移転と捉えてはいけません。オリンピック開催のためとそれに関連した開発のために、立ち退きとなったのです。ですので、この作品を“オリンピックの映画”として観てほしいという想いがあります。“東京オリンピックの霞ヶ丘会場”というイメージでタイトルを決めました。2017というのは、アパートの取り壊しが完了した年です。
2016年5月に行われた『SAYONARA 国立競技場 FINAL “FOR THE FUTURE”』というイベント内で、1964年のオリンピックをフィーチャーするようにブルーインパルスが飛びました。イベントの前日、私が霞ヶ丘アパートで住民を撮影していた際に、あるテレビ局のスタッフが「ブルーインパルスについて、競技場の近隣に住む人の視点でコメントが欲しい」と取材の依頼するために話しかけてきました。その際の様子です。
イベントに霞ヶ丘アパートの住民たちが招待されていたのです。イベントを楽しむ霞ヶ丘アパートの方々を撮影しようと足を運びました。
そもそも招待がされているという点を注意してみないといけないと思います。これから国立競技場の建て替えのための立ち退きをするという団地に招待状が来ているのです。以前から国立競技場や明治神宮野球場などでスポーツの試合がある際は、騒音問題や観客が流れ込んで住宅に迷惑をかけるということで、招待状が送られてきていて、それはあそこの地域のコミュニケーションの一つだったのですが、国立競技場最後のイベントにも住民が招待されているというのは、ただならぬ皮肉に感じていました。
本編中のブルーインパルスが飛ぶシーンでは、その上空に飛行する様子を見上げている人たちを撮影したのですが、カメラに映っている客席は、霞ヶ丘アパートの住民たちが招待されたエリアです。彼らが、みんなが同じ方向を見ているというところに注目してほしいです。
2020年5月29日、そして今回の五輪の開会式の日(2021年7月23日)にも、行き届かない政府のコロナ対策から目を逸らすかのように、ブルーインパルスは飛んでいます。マスメディアでは、嬉々として空を見上げる人々の様子が取り上げられました。
またこのシーンは映画最後のシーンと対になるように編集しています。
団地ごとに、コミュニティの行事やボランティアの清掃活動が行われていたり、いなかったりだと思います。霞ヶ丘アパートは、アパートが建つ前から長年一緒に住んでいる人が多いという特徴がありました。清掃活動や年中行事を繰り返すことによって、この団地(霞ヶ丘アパート)のコミュニティは形成されていきました。他の団地よりも結びつきが強く見えるかもしれません。しかし、若い世代が住宅に入ってこないまま高齢化を迎えているので、その脆さも垣間見えます。
このサービスは、このアパートのコミュニティが、長年一緒に暮らし、そのまま高齢化していく中で作り上げた素晴らしいサービスです。衣食住の“食”という大切な要素だけでなく、皆さん高齢者なので、“安否の確認”という二つが同時に提供されるかけがえのないサービスだったと思います。移転先には商店を作ることができず、ああいったサービスを受けられないことが、アパート移転に不安を持つ要素にもなっていたのではないかと思います。
オリンピックが優先された結果、政府の新型コロナウィルスの対応の一環で様々な人々の生活に影響を及ぼしているわけですが、映画館は大きく影響を受けた一つだと思います。営業時間や席を減らしたり、または営業休止したりしました。
この映画はオリンピックが奪った人々の生活を映しています。この状況下で、映画館で鑑賞することに意味がある作品となりました。マスク等、コロナ対策をした上で、ぜひ映画館でご覧ください。
(オフィシャル素材提供)