2020-10-29 更新
黒沢 清監督
蒼井 優の主演最新作であり、黒沢 清監督がメガホンをとった映画『スパイの妻<劇場版>』が、全国にて大ヒット上映中。現在行われている第25回釜山国際映画祭ガラ・セレクションに出品されている本作の、オンラインによる記者会見と上映後のQ&Aに黒沢 清監督が登壇した。
新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から、記者会見、Q&Aともにインターネットを通じてメッセージが寄せられ、それを主催者側が選択して、監督へ質問が投げかけられた。
◆ 記者会見
黒沢 清監督: これまでの作品は、ずっと現代で、ほとんどが東京を舞台にしたドラマばかりでした。しかし、その場合、最終的に何が正しくて、何が正しくないかの答えはつけられないという実感がありました。そこで、現代と繋がっている、そう遠くない過去を舞台とすれば、何が正しくて、何が間違っていたか、についての前提がある、確信を持って描けると思いました。しかし、想像はしていましたが、やはり撮影場所を探すのは大変でした。予算的にCGを使用することも、セットを建てることも不可能でした。1940年代から残っているところを探しましたがあまり見つかりませんでしたね。
黒沢 清監督: このように大きな賞を頂いたのは初めてですから、大変うれしかったです。直接ケイト・ブランシェットさんからトロフィーを渡されていたら、どれほど興奮しただろう、と思いますが、ヴェネチアに行ってないので、実感がないままです。ただ、この賞を頂いたことで、日本ではマスコミで取り上げられることも多くなり、小さな規模の公開ですが、お客さんがちゃんと入ってくれているのはありがたいことです。
現地に行っていないので、どういう言葉でこの映画が評価されたのかはよく伝わっていません。銀獅子賞は監督賞と言われていますが、僕が監督しているところを誰も観ていないのですから、よく分かりません。作品全体を観ていただけた賞なので、やはり、この賞はこの映画に携わった全員に対してもらった賞だと思います。あと、お会いできていませんが、もともとファンだったケイト・ブランシェットさんのさらなるファンになりました(笑)。
黒沢 清監督: どこも素晴らしいと思っていますが……。聡子が甥っ子のいる旅館に行って、「これを預けます」と封筒を手渡されるあたりから、聡子はある国家機密を知っていきます。手渡されたものが何であるかを知らないのに、託されたものの重大さ、これから物語がどのように変化するのかを感じさせます。それまでは普通の女性だったのが、凄いものを背負ってしまった。そんな表情に見えました。凄い女優だな、と思いました。
蒼井さんはとてもうまい。現場では穏やかな方です。こちらの要求することをすべて理解して完璧に演じてくれる。ほかの俳優にも気を使ってくれて、現場がスムーズになるんです。
◆ 上映後のQ&A
『スパイの妻』のエンドクレジットでは、歓呼と拍手が沸き起こったそう。その中でQ&Aは始まった。
黒沢 清監督: 実は、そのアイデアを思い付いたのは、僕ではなく、脚本を書いた濱口竜介と野原 位というふたりの若者です。濱口が監督、野原が脚本に加わった『ハッピーアワー』という作品を作ったふたりです。彼らは僕が東京藝大というところで教えていた生徒でもあります。素晴らしいと思いましたね。スパイ本人ではなく、妻が主人公で良かった、特徴的だと思った要素は二つあります。ひとつは、日常的な描写を主体にして映画を構成できること。スパイを主人公にすればアクションや危機的状況など様々なことが描けるけれども、それを描けるほどの予算を持った映画は残念ながら日本では作れません。ハリウッド映画ならできるかもしれません。でも、妻を主人公にすれば、日常を描きながら、国家機密や国がどういう状態であるか、何が隠されているかを予算もそこまでかけずにサスペンスフルに描けます。それがひとつです。
もうひとつは、国が少しおかしくなって、社会が個人を抑圧している状態の中では、一歩後ろにいる女性のほうが冷静だったり、社会の抑圧に対抗して自分を守ることができるんじゃないか、と思いました。スパイ本人は海外に逃げるしかなかったりしますが、妻のほうが社会にとどまって、冷静に社会が狂っていくさまを観察できるんじゃないか、と思ったのです。
その二つの点がこのオリジナルストーリーが面白いと思ったところです。
黒沢 清監督: 政治的なメッセージを持った映画を作ろうとは思っていませんでした。ただ、実際に起こった歴史は誰もが知っていることです。実際に起きたことには忠実に、正しく、誠実に向きあいたいと思って作りました。ただ、この作品はサスペンスであり、メロドラマであり、娯楽性を考えて作った作品です。この映画からどのようなメッセージを受け取っていただいても構いません。自分からはこの映画はこういうメッセージなのだ、ということは全く規定していません。娯楽作なのだ、ということだけを提示しました。
二つ目の質問は大変面白いですね。コスモポリタンでありたい、と思ってはいますが、この科白を考えたのはやはり濱口と野原なんです。自分がコスモポリタンだとはとても思えないので、ちょっと気恥ずかしい科白です。でも、映画を作っている間だけはコスモポリタンであろうと思って、作っていたように思います。
3つ目の正義に関しては本当に難しい。この映画でも夫の優作は一種の正義を実現しようとして、妻を犠牲にしようとまでする。そういう生き方もあると思います。でも、僕は妻の生き方に寄り添おうと思っています。正義を実践しようとしても、非情であってはいけない。自分が生きている日常、目の前の大切なもの、いろいろなことを考えた上で正義の機能を考えたいです。正義だけを考えると犠牲が出るような気がします。
黒沢 清監督: 理想的なキャスティングができたと思います。蒼井さんと東出さんはこれまでにも何度かご一緒していたので絶大な信頼を置いていました。高橋さんは初めてでした。海外ではまだ知られていないかもしれませんが、日本で40歳少し前の年齢の男優の中で演技力としては一番と言われている人です。前から一度やりたかったのですが、今回初めて彼と仕事ができてうれしかったですね。
予定されていた記者会見の時間は1時間にも関わらず、終了時間になっても質問は寄せられ続け、メッセージ欄は更新され続け、30分もの延長に! それでも「まだ1時間くらい話をお聞きしたい」と司会から言われながらも、記者会見は終了となった。続く、公式上映は2席間隔をあけての上映ではあるものの、熱心なファンが詰めかけ、やはり質問が後を絶たず、盛況のうちにQ&Aが終了した。
(オフィシャル素材提供)
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