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『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』
インタビュー

2020-08-10 更新

アグニェシュカ・ホランド監督


赤い闇 スターリンの冷たい大地でakaiyami
© FILM PRODUKCJA – PARKHURST – KINOROB - JONES BOY FILM - KRAKOW FESTIVAL OFFICE - STUDIO PRODUKCYJNE ORKA - KINO ŚWIAT - SILESIA FILM INSTITUTE IN KATOWICE
Photo by Jacek Poremba
配給:ハピネット

アグニェシュカ・ホランド監督

 1948年11月28日、ポーランドのワルシャワ生まれ。
 プラハ芸術アカデミーで映画と演出を学んだのち、ポーランドに戻り、クシシュトフ・ザヌーシ監督、アンジェイ・ワイダ監督のアシスタントとして映画界に入る。
 『Aktorzy prowincjonalni』(79)で、カンヌ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞を受賞。ベルリン国際映画祭に出品され、主演女優賞を受賞した『Goraczka』(81)でさらに国際的な注目を集め、『Bittere Ernte』(86)でアカデミー®外国語映画賞にノミネート。
 『ワルシャワの悲劇/神父暗殺』(88)を経て、『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』(90)で米アカデミー賞®の脚色賞にノミネートされたことから、海外での名声を不動のものにした。
 『秘密の花園』(93)でハリウッドに進出したのち、詩人ランボーとヴェルレーヌの禁断の関係を描く問題作『太陽と月に背いて』(95)、偉大な作曲家の晩年を映画化した『敬愛なるベートーヴェン』(06)を発表し、高い芸術性を絶賛された。実録戦争ドラマ「ソハの地下水道」(11)は、日本でも大きな反響を呼んだ。
 「ハウス・オブ・カード 野望の階段」(13~)、「ローズマリーの赤ちゃん ~パリの悪夢~」(14)、「1983」(18)といったTVシリーズ・配信作品の演出も手掛けている。
 また『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』の次回作として、歴史ドラマ『Charlatan』(20)を完成させている。



 スターリンの時代、ソ連の経済的繁栄の下で虐げられたウクライナに潜入、危険を顧みずに真実を追究し世界に伝えようと奔走したウェールズ人ジャーナリストの真実の物語『赤い闇 スターリンの冷たい大地で』。アンジェイ・ワイダの志を継ぐ反骨のポーランド人監督アグニェシュカ・ホランドが、“真実”をめぐる問いかけに答えてくれた。


これほど重大な事実を世界に知らしめたにもかかわらず、ガレス・ジョーンズは歴史に埋もれてしまった存在であり、この映画によって初めて知ったという人たちがほとんどではないでしょうか。

アグニェシュカ・ホランド監督: 確かに、ガレス・ジョーンズは決して有名人ではありません。イギリスでも故郷のウェールズでも無名の人です。彼に関しては、過去にドキュメンタリーが1本だけ制作されたのと私の映画があるのみです。世界的な認識では、ガレスはいわば“忘れられたヒーロー”と言えます。
 ところが、ウクライナでは大変有名な存在なのです。首都キエフにあるウクライナ飢饉犠牲者追悼記念館にはガレス・ジョーンズのコーナーがあり、重要なコーナーの一つと位置付けされています。奇妙なことに、彼は母国ではヒーローではありませんが、救済しようとした国ではヒーローとして称えられているのです。
 ジャーナリズムの世界でも、時としてこういう存在が現れるものです。人々が被っている危機を世界に伝えようとし、自らの命を危険にさらしても、真実と正義を守るために闘う人々。ガレス・ジョーンズもそうでした。ですから私は、一人のジャーナリストの勇気を映画によって世界に知らしめたいと思ったのです。


1930年代に起きたホロドモール(ウクライナでの人工的大飢饉)の生き証人はもうほとんど残っていないと思いますが、映画を制作するにあたって、どのような取材ができましたか?

アグニェシュカ・ホランド監督: 生存者で現在もご健在な方はわずかでしたが、ウクライナで撮影していた当時、数名の方にお会いすることができました。子どもの頃に経験したホロドモールのことを記憶されていた女性たちです。何よりも悲しかったのは、彼女たちがこの経験をこれまで一度も口外したことはなかったという事実でした。話すことを禁じられていましたからね。ホロドモールを否定するプロパガンダが喧伝されている状況下で、万が一にでもそれを口にしたら強制収容所に送られる危険があったのです。それに、生存者たちにとってはあまりに大きなトラウマになっていて、そんな経験をしたことを他人に知られるのは恥だと感じているようでもありました。最近になってようやく、ホロドモールに関する調査が行われ、書籍なども出版されるようになりましたが、彼女たちにとってこれはいわば、言わざるべきトラウマとなっていたのです。
 実は、本作の脚本を担当したアンドレア(・チャルーパ)の祖父がウクライナ人で、ホロドモールの生存者だったのです。重要な証言者の一人であり、アメリカの議会でも証言しました。この証言を得て、米議会はウクライナで人道に反する犯罪があったのかどうかを調査する決定を下したのです。彼はこの経験をまだ幼かった孫のアンドレアにも話していたんですね。この話はずっと彼女の心に残っていて、やがて映画の脚本にしてみようと思い至ったわけです。


ジョージ・オーウェルが「動物農場」の農場所有者の名を“Mr. ジョーンズ”としたのは偶然だと思いますか?

アグニェシュカ・ホランド監督: どうでしょうね。ジョーンズというのはウェールズではありふれた苗字です。ただ、ガレス・ジョーンズのことが念頭にあった可能性もあると思います。「動物農場」の執筆以前にオーウェルは、そもそも本書に大きなインスピレーションを与えたウクライナの大飢饉に関するジョーンズの記事を読んでいましたから。


その、ごくありふれていて匿名性さえ帯びているような名前“Mr. Jones”を本作の原題にした理由は? ガレスの本名であるとはいえ、歴史の中に埋没する力なき民衆を代表しているかのようにも思えましたが。

アグニェシュカ・ホランド監督: おっしゃるとおりです。例えば、ポーランドでの公開タイトルは、英語に訳すと『citizen Jones(市民ジョーンズ)』にしました。つまり、何よりも言いたかったことは、彼が多くの人々の一人であるということでした。


ジョーンズは「真実は一つしか存在せず、ジャーナリストは誰の側にもつかず、真実を追求するべきだ」という極めて真っ当な信念を語りますが、過去から現在にわたって公的に報道されたニュースにも、時に伝えたい事実の取捨選択、バイアスがかけられていることは、この日本でも確実にあると思われます。加えて、インターネットによって虚実入り混じった種々雑多な情報にさらされる今日、どこに真実があるのかを判断するのは時にとても難しく感じます。監督ご自身はどのようにして見極めようとされていますか?

アグニェシュカ・ホランド監督: 本当に、真実を見極めるのはとても難しいことです。膨大な情報にさらされ、しかもどれが本当で嘘なのか分かりにくいですし、ソースも無限にあります。明らかに信用できないソースもありますが、一番危険なのは真実とフェイクがミックスした情報なのです。その中で、何が真実なのかを見極めるのは、豊かな知識や相当の努力が必要となってきます。私はジャーナリズムを最も気高い職業の一種だと思っていますが、残念ながらその仕事に見合うような収入には恵まれていないのが現状です。でも、彼らこそがファクト・チェッカーだと私は信じています。さまざまなソース、異なるファクトを精査比較して、統計なども鑑みながら、可能な限りバランスの取れた意見を伝えようとするのがジャーナリストたちなのです。ですから、私自身が真実を見極めるためには、ファクト・チェッカーとして信頼するジャーナリストたちを追いかけるようにしていますし、自分なりにもいろいろなソースを比較して精査する努力をしています。
 ですが、多くの人たちはそこまでやる時間も気力もなかったり、参照するソースが少なかったりもします。そういう人々を操るのは実に簡単なことなのですよ。情報操作には実に洗練された手段・ツールがあり、権力者たちは実際に使っています。商業的・政治的意図に基づいて真実を操り事実を歪めた場合、他者を傷つけ陥れるようなことにもつながっていきますが、一般の人々がその罠に陥るのは実に容易い状況になっています。それが始まったのは、前回のアメリカ大統領選あたりからではないかと思っています。その時に調べたところ、真実よりもフェイク・ニュースのほうが多くSNSで拡散されていたということが統計的に明らかになりました。それはおそらく、フェイク・ニュースのほうが人々を惹きつける要素があるからなのかもしれません。そんな中で私たちはフェイク・ニュースを信じ続けてしまうと、まるでフィクションの世界に生きているかのような状況に陥ってしまいます。『マトリックス』のように、何か現実とはかけ離れた世界に身を置くことになってしまう。実に危険な状況だと危惧しています。


本作で描かれたことはロシアにとって、大変“不都合な真実”ですから公開は不可能だったと思いますが、ロシア側から何らかの反応はありましたでしょうか? 逆に、公開されたウクライナではどのような反響を得ましたか?

アグニェシュカ・ホランド監督: この映画のプレミアは1年以上前の2019年ベルリン国際映画祭でしたが、とてもポジティヴなリアクションが多かったなか、ロシア人ジャーナリストたちの感想はネガティヴなものでした。ロシア人の観客の中にも「これは史実じゃない。飢饉なんてあったはずがない」言う方たちがいましたね。ロシアではプロパガンダによって、これほどまでに歪められ操作された情報を信じこまされていると思い知りました。教育の影響も大きく、ソ連時代あるいはその後のロシアでも、私たちとは異なった歴史認識を植え付けられているわけです。実は数年前ロシアで、「ロシアの歴史の中で最も偉大なリーダーは誰だと思うか」という質問に対する回答の統計を取ったところ、スターリンが1位になったのです。ですからロシアでは、誰が加害者で被害者であるかということも含めて、歴史認識に関するバランスのとれた教育の必要性を感じざるをえません。
 とはいえ、ロシアの中でも、主に被害者家族の方たちですが、私と同じ歴史認識を持っていて、スターリンの時代やその後に行われた犯罪を調査したり、その結果を報告し合っている機関、人々も存在しています。この映画に感動したとおっしゃってくださった方たちもおりました。
 一方、ウクライナの方たちはこの作品にとても心を揺さぶられたようでした。撮影したのはウクライナですし、現地の方たちに参加していただいたということもありますが、役者さんたちは現場に来ると涙してしまうんですね。それくらい、彼らの感情に深く訴えた経験だったようですし、国家全体がセラピーを受けなければいけないくらいの大きな悲劇だったと実感しました。この映画が史実を世界に知らしめるきっかけになったことはウクライナの人々の救いになっているようでしたので、とても嬉しかったですね。


ファクトリー・ティータイム

 いつ終息するとも知れないコロナ禍で来日も難しい昨今、オンラインで実現したインタビュー。実は2007年、『敬愛なるベートーヴェン』で来日されたホランド監督にお会いした経験があった。あれから13年の月日が流れたけれど、描いた対象への深い想いと、その誠実で精力的な語り口は少しも変っていらっしゃらない。
 昔も今も、弱き者が叫ぶ真実は愚弄され、権力者たちが創造する“真実”と“歴史”に操られ取り込まれるのは無知と無関心、そして恐怖心。この映画を観た後、どんな状況にあっても、長いものに巻かれず衆愚に陥らない、ガレス・ジョーンズのような勇気とブレない眼差しを持つことができるだろうかと、コロナ禍にさらされたこの世界で自分に問いかけずにはいられなかった。

(質問・文:Maori Matsuura、写真:オフィシャル素材提供)





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