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2017-07-11 更新
菊地成孔、トミヤマユキコ×中井 圭
配給:ビターズ・エンド
シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国大ヒット上映中!
© Komplizen Film
6月24日(土)に公開すると初日から満席の回もでるなど、大ヒット上映中のマーレン・アデ監督最新作『ありがとう、トニ・エルドマン』。公開するや、SNS上では「期待以上! 笑いながら泣ける作品なんてなかなか無い」「満足度120%。父の優しさが思い出されて涙」「見たことない感覚の傑作」と熱い感想で溢れ、早くもリピーターが続出、日本の観客をも魅了している。
そんな本作を観て惚れ込み、雑誌「UOMO」でも紹介した菊地成孔(音楽家/文筆家)、そしてパンフレットにも寄稿しているトミヤマユキコ(ライター・少女漫画研究者)と本作の応援団長ともいうべき中井 圭(映画解説者)が、それぞれの視点から作品の魅力について語った。
各国の有力誌が『ムーンライト』や『ラ・ラ・ランド』『メッセージ』を抑え、2016年の映画ベスト1に選んだ『ありがとう、トニ・エルドマン』。カンヌで話題に火が付き、アカデミー賞®ノミネートをはじめ各国で40を超える賞を受賞。本作を観て惚れ込んだジャック・ニコルソンの猛プッシュにより、自身を主演に据えたハリウッド・リメイクが決定したことでも大きな話題となりった。
互いに思い合っているにも関わらず、今ひとつ噛み合わない父と娘の普遍的な関係を、温かさとクールな視点をあわせ持った絶妙のユーモアで描いた本作。
冗談好きの父・ヴィンフリートと、故郷を離れ外国で仕事をする娘・イネス。仕事一筋で笑顔を忘れかけている娘を心配し、父は、出っ歯の入れ歯とカツラを装着し<トニ・エルドマン>という別人になって、神出鬼没に娘のもとに現れる……。
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最近の“マン”がつく映画は傑作がたくさん!
「人間ドラマなのに2時間42分、と思うでしょう。でも観終わったあと、その時間を感じさせないんです。とにかく素晴らしい!」開口一発目から本作をべた褒めの菊地。「映画の歴史を紐解くと、脚本至上主義が台頭してくるとそのアンチテーゼとして“超物語”が出てくるのですが、『ありがとう、トニ・エルドマン』はまさにそれ。時間の使い方が独特で、その使い方によって物語が強化される。例えばペドロ・アルモドバル監督の初期とかがそうでしたね。最近だと『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』とか、今年アカデミー賞®外国語映画賞を受賞した『セールスマン』とか。偶然だけど、全部“マン”がつきますね」と最近の“超物語”と偶然の共通点について独自の見解を語った。
突然の「GREATEST LOVE OF ALL」、その意味に気づき思わず大号泣!
『ありがとう、トニ・エルドマン』の名場面を挙げるときりがないと話す菊地。その中でも思わずグッときたというシーンについて「終盤から怒涛の流れでエンディングまで予想の付かない展開が待っています。その序盤で主人公のヴィンフリートとイネスがある家を訪れるんですよ。そこで、招いてもらったお礼にとヴィンフリートは不意にオルガンに向かって曲を演奏しだすんです。それが『GREATEST LOVE OF ALL』。この曲はホイットニー・ヒューストンが85年にリリースして日本でも『そよ風の贈り物』として大ヒットを記録したアルバムの中に入っている代表曲。映画の中では登場人物の年齢は明らかになっていないですが、役者の年齢に当てはめると、娘役のザンドラ・ヒュラーが7歳の頃に発売された曲なんですね。それを映画の中に投影すると、父は85年当時、世界中で大ヒットしたこのアルバムを手に入れて、自身も音楽教師だから、娘と一緒に何度もこの曲を繰り返し弾いて歌ったんだと思うんです。沁みつくくらいに。昔の父娘の楽しかった思い出ですよね。だから、咄嗟にヴィンフリートが演奏をし始めてもイネスは難なく歌うことが出来た。たったこれだけのシーンですけど、このシーンには遠い過去の記憶を呼び覚ます、綿密に作り込まれたストーリーがあるんですよ! ちなみにこの曲は“自分を愛すること”を歌っている。その歌詞も合わせて響きますよね。これって本当にすごいことですよね。もう大号泣でしょ!」と、名場面に隠された胸を熱くする背景について熱く語り、これにはトークを楽しんでいた観客もうんうんと頷き、菊地と同じ感動を味わっているようだった。
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突然上京してくる親ですら完璧に対応しようとしてしまう “バリキャリ女子”の悲哀
トミヤマユキコ (娘・イネスの年齢設定が30代後半と自分と近いこともあり、働く女性として共感してしまうポイントはいくつもありました。私の周りにもいますが、「週末東京行くから!」と劇中のヴィンフリートのように、突然上京する親っていますよね(笑)。仕事で疲れているはずなのに、その状況すら何とかしようとする。イネスのように、「無理」と言えずにそれすら完璧に対応しようとするバリキャリ女子の切なさは、共感ポイントだったと思います。
日常生活で感じる複雑な感情を、絶妙な「間」で丁寧に描き出す傑作!
中井 圭 この作品は、昨年のカンヌで公式上映されるや大きな話題となりました。パルムドール(最高賞)の受賞とはならずでしたが、各国のメディアが事前に出す評価で、カンヌ史上最高得点をたたき出したり、各国の映画誌でことごとく2016年の映画ベスト1に選ばれるなど高い評価を受けてきました。162分という一見、怯んでしまいそうな長尺ですが、その時間にこそ意味がある。人の感情って、日常生活を喜怒哀楽のどれかひとつだけに支配されることはまずないですよね。父親に対してイライラしているけど、その裏で感謝の気持ちも持ち合わせていたり。感情を単純化せずに、リアリティを「時間」「間」という表現方法で描き出している。そうしたところも世界中で評価されるポイントのひとつだと思います。
トミヤマユキコ 確かに、割り切れない感情を本当に丁寧に描いていて、観客もその感情をリアルに受け取る。父と娘の気まずいシーンは、本当に気まずいなと感じてしまうから、そこもすごいですよね(笑)。自分と親の関係と重ねて観ても面白いし、切り離して考えても楽しめる。すぐにこうだった、という感想が出るのではなく家に帰ってからも考えてしまう、いい意味で宿題をもらえる映画だなと思います。
「本当にそんなに働かなきゃいけないの?」一度きりの人生の使い方を問いかける作品
中井 圭 この作品では、飼い犬が死んでしまうなど「死」という視点も実は入っている。そこには、「人生これでいいのか?」という問いかけがあります。一回限りの人生、「今」をどう使うのか、本当に大切なのは仕事なのか、という問いを説教臭くなく、親子の関係性をベースに描いていますよね。日本でも「働き方改革」が行われていますが、日本とも非常に関連性のあるテーマだと思います。素晴らしい作品の多くは、映画の中に社会が描かれている。この作品も、ドイツやルーマニアにおける経済情勢の中で生まれる格差が描かれていて、娘のイネスはその真っ只中にいるんですよね。そういう意味で、今だからこそ生まれた作品だと言えると思います。
トミヤマユキコ そうですね。また、世代間ギャップの描かれ方も印象的でした。第一線を走り続けて、40代に差し掛かった世代の悲哀。おそらく、これは親の世代には分からない視点なんだろうなと。「人生こうしなさい」というスローガンの形で、出てくると途端につまらなくなってしまうけど、この作品はそうではない。娘イネスは、父からの様々なメッセージを受け取りつつも、一番良い形でキャリアを継続させるかを考えるようになる。それは、観客に対しても同じ。すぐに答えを教えてくれないから、自分で考えて答えを出さないといけない。でもそのモヤモヤこそが心の栄養になるんですよね!
(オフィシャル素材提供)
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