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2014-04-03 更新
栩木伸明(早稲田大学院教授)
配給:アップリンク
渋谷アップリンク、新宿K’s cinemaにて公開中ほか 全国順次公開
現在公開中の映画『ダブリンの時計職人』。渋谷アップリンクで去る3月26日(水)、近著「アイルランドモノ語り」で読売文学賞を受賞した早稲田大学院教授・栩木伸明氏が登壇、アフタートークが開催された。日本から遠く離れた小さな国で慎ましやかに住む人々の息づかいを描いた本作のバックグランドを、栩木教授は優しい語り口で多方面から紐解いていった。
「この映画はまさに今のアイルランドです。2010年に撮影された作品で、ダブリンらしい街角のシーンはわざと出していない。でもダブリンらしい言葉、空気感が出ていますね。何よりも不景気な様子、リーマンショック後のアイルランドの経済状況が表れています。誰がホームレスになってもおかしくない状況が続いて、14%くらい失業率が続いている。約15年ほど“ケルティック・タイガー”と呼ばれる好景気があったのですが。失業率はその好景気前の水準まで上がっています」と経済状況を説明。麻薬の問題については、「最近出てきた問題で、それ以前の80年代、90年代初めまでは問題にならなかったんです。なぜなら貧しすぎて麻薬に手を出せる人があまりいなかった。アイルランドではまだ新しい問題なんです」と、貧しかったアイルランドの実情を語った。
本作の登場人物、中年男性フレッド(コルム・ミーニイ)と青年カハル(コリン・モーガン)の絵にかいたような優しさ、純真さの歴史的経緯を紹介。「フレッドは50代の後半でも“うぶ”なところありますが、アイルランドには彼のような人が本当にいるんですね。基本的にカトリックの教えは日本の儒教に近いところがあって、男女交際については厳しいのです。政府とカソリック教会は非常に強い関係を結んでいました。だから生命倫理、性倫理が強い。さらに文化検閲も行われました。それ故イノセントなものが残ってしまった国だと思います。アイルランドでは90年代後半まで離婚はできなかったし、妊娠中絶ももちろんできませんでしたし、コンドームを売ることは禁止されていて、医師の処方が必要である上に使用は夫婦間と制限されていました。ゲイの人たちは罰則の対象になっていました。非常に厳しい制限がありましたので、みんな生真面目です。1回結婚しそこなったフレッドの生真面目さは本当にリアルですね。女の人の手を握ったことのない独身男性は、いるんです。それであんな愛すべきキャラクターになっています」。
「カハルも本当にピュアな青年です。天使みたいな人ですが、自分のことはできないのに他人のことを助けてくれて、人の恋愛も応援してくれてまさに無私の愛を注ぐわけです。こういう人はアイルランドで本当にいる。免疫がないと思ってもらえればいいと思います。貧しい国でしたから。麻薬も入ってこなかったし、民族衣装すらないんです。それすらも失うほど貧しかった。マテリアル、モノは失ってきたのです。でも言葉や音楽は残った。カハルが『葉っぱが落ちる瞬間を見たことがある?』と歯が浮くようなことを言います。なぜならアイルランド人は生まれながらに詩人なんです。そういったものの見方をするのです。即興でピアノを演奏し唄を歌うシーンがありますが、曲は友人フレッドを讃える歌。それができるのがアイルランド人なのです」。
清貧の生活がアイルランド人の中に“詩人の血”と“純真さ”を生み出し、本作『ダブリンの時計職人』の中でも感じさせてくれるのだろう。
栩木伸明(とちぎ・のぶあき)
早稲田大学文学学術院教授。1958年東京生まれ。アイルランド文学・文化を研究・翻訳。著書に「アイルランドモノ語り」(みすず書房)、「アイルランド紀行 ジョイスからU2まで」(中公新書)など。
(オフィシャル素材提供)
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