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2008-01-17 更新
マイケル・ピット、酒井園子(プロデューサー)、フランソワ・ジラール監督
配給:アスミック・エース
1月19日(土) 日劇3ほか東宝洋画系にて全国拡大ロードショー
(C)2006 Jacques-Yves Gucia/ Picturehouse Productions
イタリアの人気作家アレッサンドロ・バリッコの大ベストセラー小説「絹」を原作に、日本・イタリア・カナダの合作で国際色豊かなキャスト・スタッフが参加、19世紀の西洋と東洋をつなぐ運命的な愛をめぐる壮大な旅を描いた抒情詩『シルク』。
第20回東京国際映画祭でのクロージング上映に合わせ、主演のマイケル・ピットとフランソワ・ジラール監督、酒井園子プロデューサーが来日、記者会見を開いた。
フランソワ・ジラール監督:『シルク』をご紹介するために日本に戻ってこられたことをとてもうれしく思っているんだ。一緒に仕事をしたキャストやスタッフと再会できるということで私にとっては大きな意味のある再来日だし、もちろん、今回『シルク』を日本の皆様にお見せできるのは大きな喜びだよ。私たちは日本映画を作ったと考えているので、日本で上映されるのはこの映画にとって真の出発となるだろう。
マイケル・ピット:(「マイケル?」と呼びかけられ、日本語で)ナンダヨ(笑)? ここに招いてくださってありがとう。
マイケル・ピット:日本はとても気に入っているので、戻ってこられてうれしいよ。
酒井園子:今日はお忙しいところ、いらしてくださってありがとうございます。この映画は私にとって初めてプロデュースする作品です。普段はアメリカに住んでいまして、第1本目の映画を日本で製作できることになって本当にうれしいです。よろしくお願いいたします。
酒井園子:この『シルク』という映画との出合いは、もちろんアレッサンドロ・バリッコの本はありましたが、そのずっとずっと昔、私の曾々お爺さんがイタリア・ベルガモの絹商人の家に生まれたスイス人で、まさに開国間際に来日して芸者さんと出会い、その子孫が私だということを、おととし102歳で亡くなった祖母からずっと聞いて育ちましたので、「シルク」という本とフランソワ・ジラールに出合ったときには、ぜひとも映画化を実現したいと思ったという、パーソナルな経緯もあるんですね。
フランソワ・ジラール監督:この原作に出合ったのはだいぶ昔に遡るが、ちょうど『レッド・バイオリン』が終わってすぐに原作を読み、キャラクターやストーリー性、そこに流れる情感にたちまち魅了されたんだ。特に、ラブ・ストーリーとしてのオリジナリティー、成熟した物語であるということ、そしてさまざまな日本の文化との出合い、そうしたところにまず興味を引かれた。実は多くの方々から、この原作の映画化は難しいのではないかと言われたが、私の意見は反対だった。むしろ、さまざまな理由から、映画化するのに適した原作だと思ったんだ。
マイケル・ピット:僕にとっては、まるで夢を見ているかのような素晴らしい体験だったね。まさか日本で、しかも日本映画で仕事ができるとは思ってもみなかったので、毎日が贈り物のような感じでだった。
フランソワ・ジラール監督:確かに、愛はこの原作の中心テーマだと言えるだろう。アレッサンドロ・バリッコが描く愛はとてもオリジナルで成熟している。エルヴェの情熱の対象は最初は妻だったが、日本の少女と出会ったことによって、妻に対する愛情が少し揺らいでしまう。全編にわたって、この両者への愛情は互いに影響し合っているように見えるね。最終的には妻の行為によってピースフルなエンディングを迎えることになる。正しくお答えできているか分からないが、私が申し上げたいのは、秘められた情熱というのは、エルヴェという主人公の資質と深く結び付いていると思う。彼は豊かな感情を秘めながらもそれを表に出さない、もの静かな人物だからね。
フランソワ・ジラール監督:キーラを起用したことは大正解だったと思っている。非常に繊細な一方で、強さも感じさせなくてはいけない役柄だ。ほぼ全編を通してエレーヌはもの静かで、夫を待っている女性なので、まるで眠っているかのようなキャラクターだが、最後のほうで彼女は深い愛に基づいた行為により、その強さと賢明さを示すことになる。キーラは、キャラクターがもつその両方の資質を生き生きと表現できる女優だ。だから、この役は彼女にふさわしいと思ったんだ。
マイケル・ピット:キーラと共演して、そのプロフェッショナリズムに本当に感心させられたよ。彼女はすごく有名だしまだ若いのに、現場に遅れて入ることは一度もなかったし……とにかく、彼女はプロだよ。
フランソワ・ジラール監督:ロケーション選びにはかなり長いプロセスがあった。まずは原作に忠実であると、山形や福島のような雪が降る地方で撮る必要があった。最初はあちこちの村を見て回ったが、19世紀半ばの雰囲気をたたえた村はほとんど残っておらず、あったとしても求めていたものとはどこか違っていたりしたので、原作に沿ったイメージの村を作る必要があるという結論に達したんだ。日本のチームには非常に大きなストレスになったと思うね。村を作るというのは簡単なことではないし、時間もあまりなかったので。松本を選んだのは、雪国ではあっても、どちらかというと雪が少ないということがあった。雪が無くてはいけなかったが、降りすぎると撮影が困難になるからね。結果的に松本を選んで正解だった。この年は記録的に雪が降らなかったのでやきもきさせられたが、撮影の前日に突然降り出したんだ。神道の神々に祝福されているような思いがしたね。それまでは本当に、雪が降らなかったらどうしようと心配でたまらなかった。
酒井園子:最初、昔の日本の集落を探して日本中を周りましたが、本当に昔の日本は残っていなくて、記念館みたいになっているところがほとんどで、その周りには駐車場があったりしまして……。「それじゃあ、集落を作ればいい」と言われたんですが、コスト的な問題もあったものの、大工さんで萱葺きが出来るような方たちというのは日本中でも限られていたんですね。結局、雪が降りすぎても積りすぎても困りますので、松本で集落となるような場所を探して、長野県の大工さんに集まっていただいたんですが、平均年齢が70代の方たちでした。撮影が2月からでしたから、その前年の11月から2ヵ月半くらいで集落を作るということで、キャベツ畑を見つけてきたわけです。ですが忘れもしない、クリスマス・イヴに大工さんの代表の方がいらして、「とても無理だ」と言われまして。しかも、その集落は最終的に焼いてしまうわけです。それだけ苦労して作ったものなのに10日以内で焼いてしまうということで、「焼いてしまうのならやりたくない」とおっしゃるのを、「映画なので、イメージとしてずっと残りますから」と説得して、ようやく作っていただくことになりました。零下の中で皆さん働いてくださって、本当に感謝感激でした。
あと、雪の問題もありまして、松本は降るだろうと言われていましたのに、撮影前日まで降らなくて、雪国という設定でしたから、みんなでものすごく心配しました。ただ、カナダとの合作でしたので、今一番後ろに座っていらっしゃるカナダのプロデューサー、ニヴ・フィッチマンが「それだったら、何とかカナダから雪を持ってこさせるよ」という話になり、人工雪だったんですが、大使館の方々にも手伝っていただき、税関も特別にパスさせるよう手配してくださったんですね。こういうときにはやっぱり、合作で映画を作るのはすごく心強いと思いました。……苦労話をしたらキリがないほどあります(笑)。
マイケル・ピット:僕はアメリカのニュージャージー出身なのに、今こうして東京で記者会見に出席しているのは、運命的なことがいろいろとあったからだと思う。
日本の女性の印象は……美しいということだよ。美しいね(笑)。
マイケル・ピット:美紀とは、ご一緒する時間はあまりなかったんだけど、とてもクールで賢い女性という印象を抱いた。またいつか一緒に仕事ができたらいいと思うね。今回彼女がこなした台詞は非常に長いモノローグで、母国語であっても大変だったはずだ。しかも、この作品にとって鍵となる重要なシーンだったし、フランスでの撮影だったからこれまでとは勝手も違っていたはずなのに、あのモノローグをこなされたのは本当に素晴らしいと思った。
星については、実はお会いする前にお互いの言葉を話せないということで、コミュニケーションが取れないんじゃないかと心配していたんだ。実際にお会いしてみたら、言葉が通じないことはかえって演技に役立った。お互いに言葉が通じない役だったからね。ほとんど役通りの関係だったよ。これから羽ばたいていく女優さんなので、彼女の成長ぶりを映画を通して見るのが楽しみだよ。
酒井園子:先ほど子供時代からの想いについて話させていただきましたが、実際にこの企画が立ち上がったのは10年くらい前でした。アレッサンドロ・バリッコのパートナーでもあるドメニコ・プロカッチというイタリアのプロデューサーが何年も苦労して企画会議をしていたんですけど、結局最初に決まっていた監督のもとでは実現しませんでした。それで今度はフランソワ・ジラールの名前が挙がり、フランソワが「ぜひやりたい」ということで、そこからカナダのプロデューサー、ニヴ・フィッチマンが参加して、実は私が一番最後のプロデューサーなんです。最後と言っても2年くらい関わったんですけど、舞台が日本だということで日本のプロデューサーがいたほうがいいということもありました。今、日本に関心を持っているハリウッドの映画会社が、例えば『ラスト サムライ』など、日本を舞台にした映画をどんどん作っていますが、この企画を実現させるのであれば、フランソワやカナダ、イタリアのプロデューサーのこだわりは、日本を舞台にきちんとした日本を描きたいということで、私もやるのであれば、ファンタスティックな要素のある本ではありましたが、できるだけリアルなものに近づけていきたいという想いがありました。バジェット的にも、みんなでお金を集めて協力していくことに適した企画でしたね。
フランソワ・ジラール監督:今回この『シルク』を製作して最も素晴らしかったことのひとつは、二大映画大国のイタリア、そして日本で撮影できたということだった。特に今回は日本から、小川富美夫アート・ディレクター、衣装の黒澤和子さん、そして経験豊富なクルーと偉大な俳優の方々が参加いただいたことは私の誇りであるとともに、心から喜びを感じている。
アレッサンドロ・バリッコが小説の中で描いた日本は、筆者自身の断り書きにもあるように、あくまでも西洋人がイメージする神秘的な極東の国だ。そのファンタジックなテイストを活かしつつリアリティーにこだわったというその情熱が、監督やプロデューサーのお話からひしひしと伝わってきた。
これは蚕の卵を求める長い旅の物語であると共に、この世ならぬものに魅せられてしまった男の、狂おしい夢を野に放つように愛を巡り、波の満ち引きのように人生を問いかけ続ける心の旅の物語だ。幻想は人を生き延びさせると同時に、それに侵食され続けた心の目が現実に焦点を合わせたときには、それはすでに失われている……といったことをしんみりと考えさせられ、全くもって人ごととは思えなかった……ということは、すでに人生の秋に来ているということだろうか、と思ったり。
(文・写真:Maori Matsuura)