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『アルピニスト』最速プレミア試写会

2022-06-30 更新

門田ギハード(アイス・クライミング日本代表)
司会:立田敦子(映画ジャーナリスト)

アルピニストalpinist ©2021 Red Bull Media House. All Rights Reserved.
パルコ ユニバーサル映画
7/8(金) TOHOシネマズ シャンテ 他全国公開

 米アカデミー賞®で長編ドキュメンタリー賞を獲得した映画『フリーソロ』以来の壮大なスケールと迫力に満ちた驚くべきアルピニストのドキュメンタリー映画『アルピニスト』が、7月8日より全国公開となる。公開に先立って6月29日(水)、アイスクライミング日本代表の門田ギハード氏、映画ジャーナリストの立田敦子氏(司会)を迎えて、東京都渋谷区のミニシアター「ユーロライブ」にて『アルピニスト』最速プレミア試写会が実施された。


 門田氏は、2019年のアイス・クライミングW杯ファイナリストにして、2020年には年間世界ランキングで日本最高位(13位)を更新した。そんな日本屈指のアイス・クライマーは本作について「クライミングを題材にした映画は今までたくさんあったと思います。どれも“前人未到のルートに挑戦する”とか、“難攻不落のルートに挑む”など一流のクライマーがチャレンジする物語が中心で、胸が熱くなる物語だと思います。今回の作品は、主人公のマーク・アンドレ・ルクレールの日常を描く。彼は、冒険が日常にある。日常の冒険の度合いを高めていって最後にパタゴニアなど難しいルートに挑む。彼にとっては『前人未到のルートに挑んだ』など仰々しいものではない。それがただただ彼の日常。そういうふうに描かれている。一人のクライマーとして見ると、正直うらやましいなと思いました」と率直な思いを吐露。「彼が見ていた世界観は、僕らでは全然分からない景色」と述べた。

 一口に山を登ると言っても、岩壁を登るロック・クライミング、アイス・クライミング、ロープの有無……など登り方は多岐に渡る。門田氏は「登山は山を普通に歩いて登るもの。一方クライミングはいろいろなジャンルがあります。最近ですと、東京五輪で少し有名になりましたフリー・クライミング。あれは自分の手と足だけを使って登るもので、ジムのボルダリングなどがこちらに分類されます。マークのように道具を使って登るのはエイド・クライミングと言ったりします」と解説。「ただ厳密にルールが決められているものでもありません。定義付けも曖昧です。クライマーそれぞれのスタイルが大事だと思います」と付け加えた。

 映画に登場する多くの有名登山家らは「尋常ではない」「天才だ」と口々にコメントする、本作主人公のマーク。彼が敢行する、一人で登ることの意義について「ソロをやること自体、スタイルになります。私も今までソロで登ったことがあります。一人で登るという行為は、“一人でなければいけない”というクライマーももちろんいます。そのルートに一人で向かい合いたいから、という理由がある方もいます。私が登ったときは、そのルートを登りたかったけど、どうしても相方がいませんでした。“相方がいないからやめる”というくらいなら一人で登る。それは登るための一手段であって、目的ではありませんでした。だからソロと言っても、やる人によって捉え方・価値観が変わります」と話した。

 そうした中でマークのソロについて、門田氏は「彼は純粋に、一人で山を楽しみたかったのでは。一人で登って成果をアピールしたいとかそういうことではなく、純粋に山に向き合って楽しむ。楽しむためには一人がいいと彼は考えたのでは」と推測。

 さらに、2018年公開のドキュメンタリー映画『フリーソロ』に登場した米ロック・クライマーのアレックス・オノルドと比較して「オノルドは1000メートルの断崖絶壁をロープ無しで登りました。そのとき彼は、登るために何回も何回もリハーサルして、何回も手と足を確認して登っている。マークの場合はリハーサルなし・命綱なしで登ってしまう。しかも、乾いた岩ではなくて、崩れるかもしれない氷とか、とれてしまうかもしれない岩をアックスだけで登ってしまう。見ていて『尋常じゃないな』と感じました」と天才肌の一面を指摘した。

 門田氏も自前のアックスを披露し、富山県の称名滝(350m)の横にある、雪解けの時期にだけできる落差500mの滝を登ったときのエピソードを述懐。「日本で一番デカくて難しいルートで、そこを登ったときにもこのアックスが大活躍しました。登るのに合計3日間かかりました。滝の中で途中、生えている木にロープをつないで、そこに落下防止用のロープをひっかけて、簡易的なシートにくるまって寝ました。すっごく寒いんですけどね。そうやって途中で一泊して登りきりました。辛かったですね」と苦労を語った。

 そう語った上で、映画ポスターのマークを分析。「通常、この手の長さのルートを登るとき、一般的にリーシュというアックス落下防止のゴム紐を付けるんですけど、マークは付けていない。よほどの自信がなければこんなことできないです。たとえ命綱無しでも、僕ならリーシュを付けます。リハーサル無し、命綱無し、リーシュ無しでやっちゃうのは、どういうマインドなんだろうと気になります」と述べた。さらに「氷を登るとき、岩を登るとき、アックスを使うときには一般的にグローブを使うんです。グローブを使わないで氷点下の岩を触ったら、それだけでかじかんで動けない。マークは、なんでできるんだろう? それは不思議でした。素手でビックリしました」と驚いた。

 一方、マークの天才的な感覚にも触れて「勘違いしてほしくないのでは、若さの無鉄砲で、怖いもの知らずでやったわけではなく、とても綿密に計画して、相当練習を積んでやっている。彼は常に二歩先、三歩先をずっと考えながら登っている。登るときも、指で岩を軽く触っている。常に重心移動を考えながらやっている。常に冷静。それは培った経験や、恐怖心を制御できるマインドがあるからだと思います」と語った。

 さらに「どんな状況でも、どれだけ平常心を保てるのか。例えば目の前、今ここ座っているところが、千メートル下に何もなかったらドキドキして、心拍数も上がっちゃう。それは怖いから。ここで落ちたら死ぬしかない。そうならないために、平常心を一定に保たないといけない。それが一番重要です」と優秀なアルピニストの条件を挙げた。

 冷静に難しいルートにアタックしているとき、門田氏は「何も考えてない」という。「目の前のことだけに集中しています。集中をずっとしていると、どこかのタイミングで、目の前しか見えていないのに、その他のことが全て見えてくるような感覚があるんです。集中のその先、みたいな感覚です。すると、音とか雪崩の予兆が全くないのに『雪崩来るな』と分かる。そこでちょっと避けたりして対策します」と常人の想像を超える感覚を説明。「マークは日常からそういう感覚があったのではないかと思います」と推察した。

 そこまで話して門田氏は「雪崩には大小合わせて20回前後ある」と告白。「流れるラインを見越して、雪崩の本流から少しずつずれていけば、勢いが弱くなります。それが、自分がどこまで耐えられる勢いなのか。それを常に計算してルート取りしています。直撃は本当に危ないので注意が必要です」。

 門田氏は、マークが挑戦したパタゴニアについて「高校球児にとっての甲子園」と表現。「いわゆる聖地です。フリー・クライミングならアメリカのヨセミテ国立公園がある。高所登山をする人にとってはネパールのヒマラヤ。マークが登ったパタゴニアも、アルパイン・クライミングの聖地の一つ。僕も行きたいです。今すぐにでも行きたいです。お金と時間があれば……(笑)」と憧れの気持ちを吐露した。


alpinist

 また、映画には直接映っていなかったが、登った後はどのように降りてくるのか問われて「たいていは、ゆるい一般向けの登山道を降りてきます。例えばパタゴニアみたいに反り立った険しいところでは、上に金具が打ってあって、そこにロープを通して、消防士が上から下へロープをつたうように、シューッと降りる。それを数回繰り返して下山する。僕も、氷壁に開けた穴に通した紐を使って下山することがあります。これ、何回やってもすごく怖いです」と笑った。

 以前は世界的カメラ・メーカーに勤務していたという門田氏。映画後半、パタゴニアで敢行された空撮などアルピニストの撮影方法に言及して「氷の裏からカメラマンが映り込まないように、別ルートから登って氷の裏に待機して、そこから撮るというのが一つあります。上、横、下、それから空撮。3パーティー、または4パーティーいると思います。それぞれ皆さん登れる人じゃないといけないし、ロープ一本映り込んではいけない。カメラマンは全員、目立たない黒いウェアを着ていると推測できます。登るときは登ることに専念して、あとで荷揚げという形でカメラを受け取っているはずです」と話した。

 さらに、マークがカメラ・クルーを置いて一人で難所を登ったシーンについて「(カメラマンの存在は)登ってるときは全く気にならない。私もそうでした。ただ登る前、いろいろ『こういうシーンを撮りたいから、先に行ってちょっと待ってね』とか言われて、自分のリズムを崩されると本当に嫌なんだろうなと思います」と持論を展開。「特にマークの場合は大掛かりな撮影で、『頭にGo Proとかつけてくれ』とか今までやりたくなかった指示があったと思います。自分の好きなペースだけで、自分の好きな山を、好きなスタイルで登りたいという考えだったと思います。だから登っている最中よりは、道中が嫌になって一人で行ったのでは」と見解を示した。

 門田氏は、マークが「登攀前は何が起こるか分からないので好きなものを食べる」と発言していたことについて「多くのクライマーは挑戦的なルートに挑むとき、どれだけリラックスできるかを考えると思います。彼は、インタビュー中も視点をずらしたり言葉を選んだりして相当緊張していたと思います。だから好きなものを食べてリラックスしていたんだと思います」と推測。門田氏自身は「リラックスするためにいつもどおりのものを、いつもどおり食べます。アイス・クライムのW杯出るときも、難しいところに行くときもいつもどおり食べます。納豆が好きでよく納豆食べます。海外にも持っていきます」と明かした。

 また、登攀中は「ボトルに柿ピーを入れています。口の中にザーッと流し込んですぐ登ります。コンパクトで、すぐ動ける。ゴミが出ない。そういう点でチョイスしています」と告白。「某栄養補助の某スティック菓子は口の中でパッサパサになってしまいますし、甘いチョコレート菓子も雪山に持っていったら、噛むと歯が欠けますね(笑)。チョコバーはカッチンカッチンになるんです」と話し、客席の笑いを誘った。

 一人の天才的なアルピニストのストーリーを通して、山に魅せられる人々や、なぜ人は危険を冒してまで山に登るのかといった人生哲学にまで昇華させている本作。山に魅せられた一人である門田氏は「『なぜ山に登るのか?』『何がいいの?』とよく聞かれます。正直、まだその答えはありませんし、分かりません。クライミングをやっている多くの人がそうだと思います。明確な答えがないからこそ登っているのではないでしょうか。答え探しですね。その答えが見えたときは、僕が山を離れるタイミングかもしれません。マークも『好きで登っている』と言っていますけど、彼もまだちゃんとした答えが見えていなくて登り続けていたのかな、と少し感じました」と天才クライマーに思いを馳せ、イベントを締めくくった。

 この夏、私たちは知られざる天才クライマー、マーク・アンドレ・ルクレールの新たな伝説を目撃する!



(オフィシャル素材提供)



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