2021-12-17 更新
ヴィクトル・コサコフスキー監督×想田和弘(映画作家)
名優ホアキン・フェニックス(エグゼクティブ・プロデューサー)と“最も革新的なドキュメンタリー作家”ヴィクトル・コサコフスキー監督がタッグを組んだ『GUNDA/グンダ』が、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほか絶賛上映中。この度、公開を記念して、12月15日(水)、ヒューマントラストシネマ渋谷にて、ヴィクトル・コサコフスキー監督と『選挙』『精神』などの「観察映画シリーズ」で知られる映画作家・想田和弘のオンライン対談が行われた。ナレーションもテロップも音楽も使わない、唯一無二の制作スタイルの二人が、本作の驚きの撮影方法や製作の思いまでじっくりと語った。
コサコフスキー監督:ずっと自分の作品を日本で上映してもらいたいと思っていたので、今日はこのような場を作ってくださってありがとうございます。日本の観客の皆さんだったら自分の作品のことを分かってくれるはずと思っています。この作品を気に入ってくれたら嬉しいです。
想田:日本人は絶対に“分かる”と思う。というよりも、この映画は「国籍」や「人間」というものを超えていて、もっと「生命」「宇宙」「地球」といったものを感じる、非常にスケールの大きい映画だと思います。
コサコフスキー監督:とても嬉しいです。想田監督の作品を拝見しましたが、お互いに題材や被写体へのアプローチの仕方などが似ていますよね。今回『GUNDA/グンダ』では動物たちの感覚や視点を重視して撮影をしました。そのためにステディカム(カメラ安定支持機材)のシステムに手を加え、ローアングル、つまりニワトリやブタの視点から撮影したんです。それによって彼らの観る世界を映す撮影になっていると思います。カメラワークについて、私は黒澤明監督の『羅生門』(50)から影響を受けている部分があり、それも感じ取っていただけるのではないかと思います。やはり映画作家たるもの、日本の映画にどうしても影響を受けるものです。
本作製作のきっかけについて、私はもともと「ブタ、ニワトリ、ウシの三位一体」をテーマとした作品を撮りたいと思っていました。誰も真剣に取り合ってはくれませんでしたが、本作のプロデューサーが私を信頼してくれて20年ごしに製作がようやく叶ったのです。
私は都会っ子として育ちましたが、4歳の時に郊外の村で数ヵ月を過ごしたときに生後1ヵ月くらいの子豚に出会いました。一緒に遊んでいるうちに私の親愛なる友人となり、共に過ごした時間は幼少期の最も大切な思い出です。しかし、ある日子豚は夕食のテーブルにあがりました。私はそれ以来お肉を食べるということが想像もできなくなってしまいました。
想田:観客の皆さんが気になっているであろう、撮影の謎を聞いてみたいです。僕自身もドキュメンタリーを作る人間として、普通は他人の作品でも大体どういうふうに撮ったのかというのは想像がつくのですが、どうしても分からないところがあり、僕の想像の範囲を超えた技術や工夫をして撮っている部分があると感じました。
ステディカムを改良してローポジションから撮れるようにしたとのことですが、それだけではなく、ドローンも使っているだろうし、何よりも非常に狭いはずのブタ小屋の中でカメラが動くのが不思議です。手前に柱があって、柱をなめながら、しかもカメラがブレずに安定した動きで動く。これは無理なんじゃないか、と思ってしまいますが、どういうふうに撮られたのでしょうか?
コサコフスキー監督:おっしゃる通り、ステディカムだけではありません。土を少し掘って、見えないようにはしていますがトラックを引いて、動けるようにしたりと、そういったコンビネーションでカメラの動きを作っています。そして、今の時代、誰もがスマホを持っていて、カメラを使うことができる。だからといってみんなが映画を作ることができるわけではないと思っています。映画監督であるからには、プロフェッショナルなレベルを保つ撮影をしていかなければいけません。そして、撮影を通して常に観客へのサプライズを用意したいと思っているので、毎回映画に取り掛かるときに、どんなふうに撮影したら驚いてもらえるかを考えながらアイデアを練っています。
動物のキャスティングには半年ほど時間をかける予定だったのですが、リサーチの旅で最初に訪れた農場で、母ブタGUNDAに出会い、彼女のほうからこちらに寄って来てくれたんです。そこでプロデューサーに「メリル・ストリープを見つけた。もう(キャスティングは)大丈夫だ」と伝えました。そこで彼女が妊娠していることも知りました。
そして、彼女が実際に暮らしている小屋と似たようなデザインの小屋を制作しました。ただ一つ違うのは、360°カメラのレンズの部分が中に入れる隙間がある構造にしたことです。人が入れなくてもレンズがどこからでも入れられることによって、内部を撮影することに成功しました。
もう一つの鍵は、いかに彼女たちとファミリーになれるか、ということです。撮影に入る1週間前から現場に入り、(GUNDAの方から寄ってきてくれるけれど)こちらからもアプローチをしました。毎日、GUNDAと子どもたち全員が眠るまで農場にいて、彼女らが起きる前の朝4時から現場でスタンバイをしておく。そうすると、彼女らには私たち映画スタッフが環境の一部だと感じてもらえるようになります。それが撮影の一つのゴールでした。今回撮影したニワトリは、捕らわれているカゴから初めて解放された瞬間を撮影したため、草に初めて触れるあの感じも、お湯に触れてしまったかのような恐る恐るした様子に見て取れたかと思います。
コサコフスキー監督:私にとっては撮影の技術より被写体をリスペクトをしているどうかが非常に重要です。それが人であろうと、ブタであろうと関係ありません。カメラはリスペクトを表すひとつのツールと考えています。例えば、日本の首相を撮るときと同じくらいにリスペクトを持って撮影に挑みました。リスペクトというと、私は日本人の空間へのリスペクトというものを感じています。日本とロシアの人口は同じくらいですが、土地の大きさはロシアが約100倍あります。空間の限られている日本では、個人同士の空間が尊重されていると思います。ロシアには、一人ひとりの空間が十分にありすぎて、そのような意識がもともとありません。映画の企画として、「同じくらいの人口の二つの国だけれど、土地の広さに大きな差がある。その二つの視点で個人的な空間とそれに対するリスペクトの差」というテーマで撮ってみたら面白いんじゃないでしょうか。興味のあるプロデューサーはぜひご連絡ください。
最後に、2020年から1年間で、世界的にブタは150億匹、ニワトリは6600億匹、ウシは5000万匹、ほかにもアヒルや七面鳥や魚、たくさんの動物が食用として殺されています。加工したり冷凍したりして搬送され、料理され、食事になりますが、それは自分としては理解しがたいことです。例えば水にアクセスがない人が10億人いるとします。ウシは人間に比べると10倍の水が必要になります。人間でも水が不足しているのに、その人間の食事となるためのウシに10倍の水、そして飼料を用意しなければいけないというのが個人的には腑に落ちないのです。
生き物は殺したくないし、できれば皆さんが菜食主義になれば世の中はもっといい場所になると思う。そういった思いも含めて最後に僕のメッセージを、この映画を受け取ってもらえたら嬉しいです。
(オフィシャル素材提供)
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