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2018-08-27 更新
サミュエル・マオズ監督、森 直人(映画評論家)
ヴェネチア国際映画祭審査員グランプリ(銀獅子賞)を受賞した『運命は踊る』が、9月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開となる。
監督は、デビュー作『レバノン』で第66回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞に輝いた、イスラエルの鬼才サミュエル・マオズ。長編2本目となる本作で、再びヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞。デビュー作に続き、2作連続で主要賞を受賞する快挙を成し遂げ、その後も、各国の映画祭で数々の賞を受賞した。
そんな世界的にも今、最も目が離せない監督のひとりであるサミュエル・マオズ監督が公開に先立ち初来日! 監督の大ファンであるという映画評論家の森 直人氏を聞き手にティーチイン付き試写会が行われた。いちはやく映画を観た日本の観客の熱心な質問一つひとつに丁寧に答えるとともに、本作のベースとなった監督の実体験や自身の映画づくりについて、あますことなく語り尽くした。
◇ 壮絶な戦争体験をはるかに超える最悪な1時間とは
日本最速試写会に駆け付けた観客に向けて、マオズ監督は「日本で初お披露目ができて嬉しい。皆さん、ありがとうございます」と感謝の言葉を述べた。監督の大ファンだという森氏。「監督の実体験がベースになったデビュー作の『レバノン』は衝撃的な傑作でしたが、第2作となる本作でも実体験から着想を得たそうですね」と監督の実体験について問うと、「私の長女には遅刻癖があって毎朝タクシー代をせがんでくるのですが、ある朝、長女を叱りつけました。娘が家を出た20分後、ラジオのニュースで娘が乗る5番線のバスがテロで爆破され、数十人が犠牲になったと知ったのです。娘はたまたまそのバスに乗り遅れたことによって1時間後に無事帰宅したのですが、自分の戦争体験をすべてひっくるめてもはるかに辛くて最悪な1時間を過ごすことになりました。娘のためによかれと思ってしたことが、娘の命を奪いかねなかったのですから。人生は偶然の産物にすぎないのか、あるいはその偶然もまた見えざる手が仕組んでいるのか、あるいは我々は運命を掌ることができるのか、できるとしたらどんな代償が伴うのか、について考えを巡らせ、それが本作の哲学的問いにも繋がっています。結局、娘の遅刻癖は直らず、あの事件で学んだことは、欠点と長所は密接に繋がっているので、無理に欠点を直そうとすると良い部分も引っぺがしてしまいかねないということ。家族や友人の小さな欠点は受け入れるべきです」と、マオズ監督が語った。
◇ 日本人とイスラエル人が抱える共通点とは
「戦争体験をもとに描いた『レバノン』公開後は、イスラエル国内で大きな反響があり、そのとき、この国は自分のような男を多く生み出しているのだと気づきました。また、イスラエルは100万人もの飢えに苦しんでいる子どもたちやその他の様々な問題にも対処せずに、国防にばかりお金をかけている。それは、私たちがトラウマを抱えた民族であるからです。ホロコーストと原爆という現代史におけるもっとも過酷なトラウマを抱えた国としての共通点が日本とイスラエルにはありますよね。そういう意味で日本人には深く共感できる部分があると思う。今の現実がどうであれ、いまだ癒えないトラウマは世代から世代へと受け継がれていて、イスラエル人は常に実存的な脅威と戦っていると思いこんでいる。この世代ではこのループを抜けて大きくステップを踏み出すんだと思っても、結局元のところに戻ってきてしまう。原題となったフォックストロットのステップはそんな我々の社会の象徴です。そして父ミハエルもそのようにして運命と踊っている一人の男なのです」と、作品のなかで度々語られる社交ダンスのステップ“フォックストロット”の意味について、監督が解説した。対して、「本作のキャラクターからは、イスラエルの歴史的トラウマが個人にも刻まれていることが見えてくる。“フォックストロット”はイスラエルのメタファーですが、私たちにも十分わかる世界そのもののメタファーであり、メカニズムだと思うんです。仏教用語の“因果応報”はプラスマイナスゼロの法則ですが、“フォックストロット”と同じですよね。本作はこれを明晰な構成で描いた傑作ですね」と森氏が語った。
◇ 観客からの熱心な質問が飛び交うQ&A!
そんな中、観客からのQ&Aへ。熱心な映画ファンから多くの質問が飛び交った。「本作では不安を感じさせる音やシーンがいくつかあった。初めからこのような構成があったのか、それとも現場で作り上げたのか?」という質問に対し、「脚本段階からその構成はありました。そして、私は映画を作る際に画作りや音を一番大事にしています。例えば、夫婦に息子の訃報が伝えられた際に玄関にかけられていた絵は、父ミハエルの心のありようを表している。彼の心のなかの秩序だったカオスがブラックホールに飲み込まれるさまをX線が見透かしているようなイメージです。私は物事をありのままにとるナチュラリズムではなく登場人物の精神状態をまなざしや表情、美術などの視覚で表現します。観客には外的ではなく内的な映画体験をしてほしいので、できるだけダイアログは使いたくないと考えていますね。不快感を与えるようなカメラワークも、計算しつくされた長回しです」と自身の映画づくりについて明かした。
続けて、父ミハエルの人物像について問われると「ミハエルは彼なりにフォックストロットから抜け出そうと“生”を選ぶような行動をとります。私もホロコーストを体験した母に育てられたので、ミハエルと同じように『ホロコーストの体験に比べたらなんてことはない。文句を言ってはいけない』と抑圧され、辛さを封印して生きてきました。ですが、次の世代である息子のヨナタンは、父親のそのトラウマを見抜いていた。父がそれを思わぬ形でそれを発見し、気づきを得るのです。本作は愛で罪悪感を克服できるかもしれない、と我々に希望を感じさせるような、家族の再生の物語でもあります」と、監督が本作で描きたかった物語を明かした。
熱心な観客からの質問に丁寧に答えた監督。最後に日本の観客に感謝の意を述べ、黒澤 明や村上春樹などの日本人からもクリエイターとして大きな影響を受けたことを明かした。監督は終了時間をすぎてもマイクを離さず、伝えたい思いが止まらない様子であった。監督の熱量のこもったトークイベントは観客からの大きな拍手で締めくくられた。
(オフィシャル素材提供)
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