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記者会見

トップページ > 記者会見 > 『Manglehorn』第71回ヴェネチア国際映画祭 公式記者会見

『Manglehorn』
第71回ヴェネチア国際映画祭 公式記者会見

2014-09-17 更新

アル・パチーノ、ディヴィッド・ゴードン・グリーン監督、クリス・メッシーナ
ポール・ローガン(脚本家)、リサ・マスカット(プロデューサー)

manglehorn


 気鋭の若手監督ディヴィッド・ゴードン・グリーンがアル・パチーノを主演に迎え、過去に失った愛に囚われ孤独に生きる男の心の軌跡とひそやかな再生を描いた『Manglehorn』。第71回ヴェネチア国際映画祭でコンペティション部門にエントリーした本作の公式記者会見が開かれ、アル・パチーノ、ディヴィッド・ゴードン・グリーン監督らが出席した。


パチーノさん、本作の『Manglehorn』でも『The Humbling』(アウト・オブ・コンペティション部門出品作)でも、問題は抱えている主人公を演じていました。ただ、それらの問題はもともと心優しいが上に引き起こされているように思えたのですが、いかがですか?

manglehornアル・パチーノ: マングルホーンが心優しい人物ということは意識していなかったが、彼の本質がそんな風に見えたというのは嬉しいね。ひとえに脚本のおかげだよ。ディヴィッドが私を導いてくれた。例えば、彼は猫を飼っているね。人間のそばにいてくれる動物だ。私は犬を飼っているけれど、猫も好きだ。動物が大好きなんだ。彼が猫に愛情をかけている人物として描かれているのは素晴らしいことだと思う。というのは、外界から孤立しているように見えるマングルホーンという人物は本来、動物や孫、関係を持っている人々を心の中ではとても大切に思っている男だということを表現するのに役立っているからね。
 前の(『The Humbling』の会見で「鬱」に関する質問をされたが、私自身はこんな風に鬱状態になった経験はない。でもマングルホーンは身近な人々と関係をもとうとしつつも、過去に生きることをどうしても止められないでいる。昔愛した女性に向けて、届くこともない手紙を書き続けるんだ。最後にはその過去への固執を捨てようとするけどね。彼のことは脚本が全て語っていたので、わたしはそれを演じるだけだったよ。普通は撮影しながら脚本を変えていくことが結構あるものだけど、今回はほぼ脚本通りだった。私が本編を見て驚かされたのは、あったはずのシーンが大幅にカットされていたことだった(笑)。ショックだったけれど、結局それが正しかったのだと思う。ひとえにディヴィッドの才能がなせる業だね。


監督、この役にアル・パチーノを選んだのは何故ですか?

manglehornディヴィッド・ゴードン・グリーン監督: アルとはロスで会ってプレゼンをしたんだ。もちろん、アルについてはイメージがあったし、出演作もたくさん観ていたから、いつか一緒に仕事ができることをずっと願っていた。最初の出会いでは、彼の中にこれまで演じてきた役柄の一部が見える気がした。特に『スケアクロウ』のライオン。そうした印象は、今回の映画を創る上でとても役に立った。マングルホーンという役にアルの仕草やスタイルをどのように取り込めるかイメージがつかめたからね。アルとの出会いでアイデアを深めることができたんだ。そして親しい脚本家のポール・ローガンと会い、一緒に脚本を創っていったんだ。僕たちはアル・パチーノという俳優への敬意も、オマージュとしてこの映画に盛り込みたいと考えた。当時のことを思い出すけど、アルとの最初の出会いの後、自分に言い聞かせたんだよ。「落ち着け、きっと大丈夫。1年後には一緒に映画を撮っているさ!」ってね。その後、アルに脚本を見せたら気に入ってくれて、1年後には実際に映画を撮ることができたんだ。


先の会見でも「鬱(うつ)」についてのお話がありました。今や社会そのものが抑鬱状態にあって、映画でも鬱屈した人々ばかりが描かれている気がしますが、いかがでしょか?

アル・パチーノ: 「depression」という概念にはさまざまな意味がある。この映画で描かれているのは、何もかも放棄して生きている人物の姿だ。彼は、外界に背を向け、閉ざされた環境で暮らしている。彼の人生は閉ざされたものだった。でも、私が脚本を読んで興味を抱いたのは、物語が進むにつれて、彼が自らの生き方をはっきりと自覚し、見つめ直すことができているという点だった。以前よりも現在の映画のほうが鬱屈した状況が描かれていると言えるかどうかは分からないな。私に言わせれば、『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネも鬱屈していたと思うけどね。


アクターズ・スタジオでの経験について少しお話しいただけますか? 現在のハリウッドはどんな状況にあるのでしょうか。

アル・パチーノ: アクターズ・スタジオが素晴らしいと思うのは、本質的にさまざまなことを試みようという精神が常に息づいている場だということだ。エリア・カザン、リー・ストラスバーグ、ハロルド・クラーマン、シェリル・クロフォードから始まって、1930年代からニューヨークのグループ・シアターとして長い歴史がある。その後、マーロン・ブランド、ジェームズ・ディーン、ポール・ニューマンなどの偉大な俳優たちが続き、自分たちの才能を試すことが可能な場所としてアクターズ・スタジオはあったんだ。これほどワクワクするような場所はなかったね。アクターズ・スタジオに所属すると、何もかもが只になったんだよ。このことは強調しておきたいね。25歳で文無しで家賃さえ払えなかった私に、アクターズ・スタジオは靴を無料で提供してくれたんだ。今もそうしているのかどうかは分からないけど、ともかく俳優にとって靴は大切なものだからね。さらに、貧しい俳優たちを支援するためにジェームズ・ディーン財団が創設された。月50ドルの家賃も払えなかった私のために、財団が肩代わりしてくれたのを思い出すよ。財団はそんな私や他の俳優たちを受け入れてくれたんだ。財団のことを語るには決して十分な言葉が見つからない。とにかく、財団の惜しみない支援によって、私たち俳優は何とか生きていくことができた。つまり私たちは、テネシー・ウィリアムズ曰く「kindness of strangers(見知らぬ人々の親切)」(※「欲望という名の電車」の中でブランチ・デュボアが呟く台詞)によって支えられてきたんだ。
manglehorn ここでひとつだけ付け加えておきたいのは、ブラヴォー・ショー(※ブラヴォー・ケーブル・テレビジョンのジェームズ・リプトン司会による「インサイド・ザ・アクターズ・スタジオ」)はアクターズ・スタジオではないということだ。素晴らしいショーだと思うし、俳優と一緒に楽しめるのはいいけれど、本当のアクターズ・スタジオとは別物なんだ。アクターズ・スタジオ出身の俳優が話のできる機会をもてるのは素敵なことではあるけどね。ちょっと話しすぎたかな(笑)? この質問をしてくれて嬉しいよ。
 ハリウッドについては、あまり言うことはないな。結局、映画は映画だから。ハリウッドとは何なのか、何だったのか、これまで分かった気がしない。カリフォルニアのロサンゼルスにあって、スタジオ方式で映画を創っているのは確かだけれど。でも、彼らのやり方は変わってきていると思うね。理想に沿って変わってきているのではなく、経済やライフ・スタイルの変化に合わせて変わっているんだ。それは当たり前のことだね。物事は移り変わるものだ。
 ハリウッドのスタジオが創る映画は、私たちが創る映画とは違う。もっと小規模な映画が好きな俳優はたくさんいるし、ディヴィッド・ゴードン・グリーンやバリー・レヴィンソン、マーティン・スコセッシなどの優れた監督がこの手の映画を創っている。こうした映画を創り続けるためには、時には商業性を考慮することもある。一方、スタジオの映画は常に、商業的な見地で観客の嗜好に合わせるので、当然ながら観客も多い。

manglehorn 要するに、ハリウッドのことはよく知らないんだ。若い頃は行ったこともなかった。コッポラと映画を創ったのもニューヨークだったし。私とハリウッドの関係が友好的じゃないというわけではないんだが、何と言ったらいいか……はっきりしない関係というか。それは今でもそうだ。私が俳優になるずっと前の時代、ハリウッドには確かに偉大な人々がいて、ハリウッドをいう世界に命を与えた。当時の人々はもっとオープンだったと思う。実際、各地から人々が旅の末に辿り着いてハリウッドという世界を創り出したんだ。オーソン・ウェルズとか、そういった人々が交流し意見を交わしながら映画を創り上げるような場所だった。でも、当時のような精神はもう今のハリウッドには存在しない。それは当たり前のことだよ。物事は変化するものだし、スタジオを運営している人々も違う、彼らの目的も違うわけだから。良いとか悪いとかいう話ではなく、ただ単に変わってしまったということだ。今だってハリウッドには素晴らしい映画もある。最近、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』を観たけど、最高だったよ。自分で観たいと思って積極的に観に行くタイプの映画じゃないけど、娘たちと観たんだ。娯楽と創造力にあふれた素晴らしい作品だと思った。だから私も、やみくもにハリウッドを拒絶しているわけじゃないんだよ。ただ、あまり知らないものについては話せないだけだ。私が知っているのは、バリー・レヴィンソンやディヴィッド・ゴードン・グリーンのような、友人でもある監督たちが創るような映画のことで、他のことは分からない。まあ、『ディック・トレイシー』(90)には出たけどね(笑)。それに楽しかったな。申し訳ない、答えが長すぎたね(笑)。


監督、これほどお若い方が創ったとは思えないほど素晴らしい脚本でした。パントマイムが登場するラスト・シーンには、メタファーとしてミケランジェロ・アントニオーニの『欲望』(66)からの引用があると考えていいですか?

ディヴィッド・ゴードン・グリーン監督: 『欲望』を観ていない人はいないんじゃないかな。この映画を創りながら僕たちは、何か「希望」を示すヒントになるようなものをずっと探していた。世界に残せるような『Manglehorn』の署名のようなもの、人は生き続けることができる、前に進むことができるんだということを示す印を残したかったんだ。そんな時、とても才能のある男で、僕の子供のベビーシッターもやってくれている友人からインスピレーションを得た。「パントマイムが出来るかい?」と聞いたら「出来る」というので、やってもらうことにしたんだ。
 とにかく、『Manglehorn』を創るにあたってさまざまなことを検討した。彼の職業とか、彼の世界観、彼が心の中で人生の喜びや神秘、奇跡を受け入れるようになることなど。長いディスカッションの中では、パントマイムの入れ方に関して、確かに『欲望』の話題も上がったと思う。ただ、『欲望』をもう一度観たのはポスト・プロダクションの時で、このエンディングもその頃に決めたんだ。ただ、引用や暗喩に関しては、『スケアクロウ』をはじめ、さまざまな映画からインスピレーションを得ている。結果的にはうまく行ったと思っているよ。


監督、あなたの映画はどれもジャンルが違っています。どうしてさまざまなジャンルに挑戦されるのですか? 映画製作におけるあなたのストラテジーとは?

ディヴィッド・ゴードン・グリーン監督: 僕のストラテジーというはおそらく、ストラテジーがないということだろう。むしろ、さまざまなジャンル、ロケーション、登場人物を研究すること、偉大な俳優たちに役柄を生み出すことに情熱を感じている。映画におけるさまざまな要素について考えるのが好きなんだ。僕は一映画ファンだ。監督である前に一人の観客なんだよ。朝から晩まで映画をたくさん観ている。映画では自分の知らなかった世界を目にし、この世にはさまざまな人々がいるということを教えられ、インスピレーションを与えられるからね。
 僕はテキサス州のオースティンで暮らしているが、人々が互いのことを知ろう、関わり合おうとする気質の濃い土地で、そこで(『Manglehorn』のような)とてもパーソナルなテイストの映画を撮りたいと思ったんだ。
 機会があったらドキュメンタリーやアクション映画も撮ってみたい。これまで身近な話からコメディーまでさまざまなジャンルをやることができたけど、さらに他のジャンルにも挑戦してみたいんだ。


今回、サウンド・トラックはどのように作られたのですか?

ディヴィッド・ゴードン・グリーン監督: サウンド・トラックを担当したのは(テキサス・オースティン出身の)Explosion in the Skyという大成功を収めているバンドだ。脚本家のポールは以前、彼らの照明を担当していて……ポール、一緒にツアーに出たこともあったんだろ?(ポール・ローガン「YES」)その当時からポールは脚本を書き始めていたから、彼らにアイデアを与えられたんだろうな。どうやって俳優たちと脚本を創り上げていくかというと、スタジオに入ってアイデアを言い合い、ベースとなる要素を決め、映画の世界を理解し、正しい調性を共に探っていく。それは音楽に関しても同じで、バンドや作曲家と協調して創り上げていく。僕は映画を心から愛しているから、こうしてみんなで協力しながら作品を創り上げていくのは本当に素晴らしいことだよ。


パチーノさん、郵便局で二人が歌い出すシーンが感動的で、パチーノさんの表情も見事だったのですが、どのように撮影されたのですか?

アル・パチーノ: あのシーンはとても面白いアイデアだと思ったね。この映画の脚本で私が一番気に入っているのは、奇妙な人々の現実の姿を受け入れているところだ。実際、そういう奇妙な出来事は人々に影響を与えるものだ。これこそがディヴィッド・ゴードン・グリーンの描く世界なんだ。それにしても、こんな風に歌い出す男の話なんて、一体ディヴィッドはどうやって考え出したんだろうと思うね。あれが始まったときは、私も茫然と立ち尽くしてしまったよ。何が起こっているのか分からなかったけれど、とにかく心動かされた。たぶん、自分が何をしているか分からない状況で演技をするという形は悪くないと思うね。あれは幸福な瞬間だった。運が良かったともいえるショットだ。意識して演技をしないということを学んだよ。自ずと浮かんだ表情なんだ。褒めてくださってありがとう。


クリス、アル・パチーノの息子を演じるというのはいかがでしたか? 恐ろしくはなかったですか?

クリス・メッシー: 僕に話す機会を与えてくれてありがとう(笑)。怖いということはなかった。ただ……おそらくアルにとって、マーロン・ブランドは仰ぎ見る存在だったのかもしれないけど、僕や友人の間では、アル・パチーノが僕らにとってのマーロン・ブランドなんだ。だから、ディヴィッド・ゴードン・グリーンから電話をもらって、自分が大ファンで、ジョージ・ワシントン以来尊敬している俳優の息子役をオファーされるなんて、冗談としか思えなかった。でも、現実だったんだ。本当に興奮したよ。運が良かったと思う。
manglehorn アルとこの話をしたことはなかったと思うけど、僕もアクターズ・スタジオのメンバーなんだ。アルがさっき語っていたように、僕にとってもアクターズ・スタジオは俳優である自分が育った家のような場所だ。僕がアクターズ・スタジオに入ったばかりの頃、アルはモデレーターとして参加していた。ケネス・ロナーガンの戯曲「This is Our Youth」のワン・シーンをやっていたんだけど、アルはバックステージでグループにシーンを説明し、僕の名前と役名を言ってくれて、それからリハーサルが始まった。それがアルとの初めての出会いだったんだ。  その後、幸運なことに僕はアクターズ・スタジオで長くリハーサルをやった戯曲の役に選ばれて、さらには(アルが手掛けた)「サロメ」にも出演が決まって何ヵ月もかけてリハーサルし、ブロードウェイ・デビューを果たせた。こんな風にアルの仕事を間近で見られたのは、まさに天からの贈り物だった。誰もが知っているように並外れた俳優のそばにいられるのは、それだけで毎日レッスンを受けているようなものだった。アルの演技にはいつも感嘆させられたよ。演じる毎に深みが増していくんだ。彼は決して満足することなく、絶えず模索し、どこまでも問いを発しながら役柄を創っている。この映画でも同様だった。アルと僕はテイク毎にデヴィッドに問いかけながら、シーンに深みをもたせようと努め、お互いの演技を見ながら、友人として俳優として互いがもてるものを最大限に発揮しようとしたんだ。
 だから、アルと共演して怖いということはなかった。だって、彼はとても親切で心の広い人で、いつだって僕を勇気づけてくれたのだから。


ファクトリー・ティータイム

 腕の良い錠前屋として適度に人々と接しながらも、決して心を開かない孤独な男マングルホーン。好意を寄せてくれている女性との関係にも踏み込めない彼には、過去に失ってしまった女性への執拗なまでの激しい想いがあった……。虚ろな瞳の奥に微かな悲しみをにじませるパチーノの抑制の効いた演技が、観る者の心に静かな波を起こさせる。そうだ、マングルホーンは私自身の鏡でもある、と。独り芝居のように語るパチーノの話を聞きながら、あまりにも有名なために忘れていたけれど、“そうか、この人はハリウッドから距離を置いていたのか”とあらためて気づかされた。アル・パチーノはスターではなく、死ぬまで役者なんだ。

(取材・文:Maori Matsuura、photos:71th Venezia Film Festival official materials)



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