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『遺体 ~明日への十日間~』特別試写会

2013-02-21 更新

西田敏行、君塚良一監督、種田義彦エグゼクティブプロデューサー
千葉 淳氏(西田が演じた役のモデルである釜石市の民生委員)

遺体 ~明日への十日間~itai

配給:ファントム・フィルム
2013年2月23日(土) より全国公開
© 2013フジテレビジョン

【本作の収益は被災地に寄付されます】

 『遺体 明日への十日間』の公開に先立ち、特別試写会が開催され、本作のメガホンをとった君塚良一監督、主演の西田敏行、種田義彦エグゼクティブプロデューサー、そして、本作で西田演じる相葉役のモデルとなった釜石市在住の千葉 淳氏が舞台挨拶に登場、震災当時の気持ちを語った。会場には、東日本大震災の直後、被災地へボランティアとして赴いた人々や釜石出身者が集まり、本作に対するあふれる想いを登壇者へ投げかけた。

MC: 日本大震災発生から約2年。映画化するのは早いと感じられる方もいると思いますが、なぜ今この作品を手がけようと思ったのでしょうか。

君塚良一監督: 震災の時は東京にいて仕事をしていたのですが、何もしていない自分に後ろめたさを感じている中で、石井さんの「遺体」と出会いました。僕は脚本家としてこれを伝えることができる、という想いからありのままに描きました。

MC: 君塚監督より出演のお話があったときのお気持ちと受けられた理由をお聞かせください。

西田敏行: 最初はこれを映画化するのは如何なものかなという気持ちになりました。役者の演技が嘘っぽくて、原作が言いたいことがストレートに伝わらなくなってしまうのではないか、という危惧もありました。しかし監督と会って、映画化することによって役者の肉体を通して事実を伝えられるのではないかという思いに変わりました。

MC: 映画化のお話があった時、報道という立場であるテレビ局として作品に携わることにどういった思いがありましたか。

種田義彦: フジテレビは映画のセクションもありますが、報道が第一ということもありますし、報道の仲間たちも報道では伝えきれなかった部分に関して描くであれば意義があるのではないかという結論に至りました。また、監督とも議論しましたし西田さんと一緒ではなかったらこの映画は出来なかったと思います。

MC: 映画をつくるにあたり心がけたことは何ですか?

君塚良一監督: とにかく「伝える」映画だと思いましたので、ありのまま起きた事実を描きました。嘘をつかず飾らず記録のごとく作るということを心がけました。

MC: 映画の中で西田さんは、芝居をしているというよりは生きているように感じました。

itai西田敏行: 釜石はとてもじゃないですが映画を撮影できる状況ではなかったので、群馬県の廃校で撮影をしました。美術のスタッフの方も涙を流しながら飾っているんです。遺体を配置したり、ドロドロにしたり、泣きながらセットを作っているんです。僕も撮影初日の時は、初めて見るような気持ちでいたかったので、なるべくセットを見ないようにしていました。また、監督の指示も「自由にしていいよ」ということだったので、台本では靴を履いたまま遺体安置所にあがるんですが、どうしても西田敏行として靴を脱がないと、ご遺体のそばに行けないような感じがしました。そこで、監督にお願いをして靴を脱いだんです。どうしても、なんだか靴を履いた自分ではいけなかったんです。それは役を演じるという作為はどんどん消えていくんですね。僕も追体験をさせてもらってるようなそういう気持ちでした。

MC: 脚本とは別に撮影用に台本を持っていたのですか?

君塚良一監督: とにかく、これは嘘は付けないし、真実に向かって作っていました。脚本の通りに進めるよりその時役者さんたちが思った反応をカメラで捉えようと思ったんです。

MC: ルポルタージュが真実ならばそのまま言ってもらったほうが事実なのではないでしょうか?

君塚良一監督: ルポルタージュから映像になるので、その人たちが人間として何を思ったかをやってもらったほうが、真実に近いのではないかと思ったんです。被災地の方たちを思いながら作りましたし、劇映画とはいえご遺体にカメラを向けたわけなのでその覚悟はきめて撮っていました。

MC: 若い俳優さんたちが精神的に追い詰められていたと聞きましたが……。

西田敏行: 志田未来さんなんて、子供の柩を運ぶシーンでは志田さん自身がうちのめされているようで……志田さん自身が泣いているのか役が泣いているのか混沌としていてカオスの状態にいたんじゃないでしょうか。

種田義彦: 一人の人間としてどう思うか、ということを見ていました。時間とともに表現の仕方が変わっていくのが分かりました。役者さんも日々違う思いで十日間を実体験として過ごされたんだと思います。

●Q&A

宮城県気仙沼市出身の方: 自分の古里も津波の被害に遭いました。劇中で「津波が憎い」とおっしゃっていたのが、そのセリフは原作の中から抜粋されたのですか?

西田敏行: あの時の状況で言いました。どの部分が自分の肉声としていったか混沌としてわからなくなっていました。「釣りバカ日誌」で釜石の方々にはお世話になっていたので、エキストラで出演した方の消息を思いながら演じていました。海で生業を得ていながら、あんなふうに牙を向いて日常と命を奪っていく様子は絞り出すように「津波が憎いな」という気持ちになりました。

阪神大震災の被害に遭われた方: 自分は関西出身で、阪神大震災を経験しました。当時、母が寝ていた私を倒れてくるタンスから助けようとする姿が思い出されました。今回の映画の中でも、娘さんを亡くされたお母さんが泣いている姿を見ていると、とても胸が締め付けられました。私もできるだけ実家に帰って、家族に会おうと思いました。

被災地でボランティア活動をしていた方: 被災地に趣いてから自分が何かをしたい、という気持ちになりました。まだまだ大学生のボランティアは少ない状況がとても悔しいです。俳優の方、テレビ局の方々が伝えられることって何百倍も大きいと思うので、この被災地に力が注ぐようにしていただければと思います。

釜石市出身東京都在住の方: 地震が起きたとき、自分はそこに居ませんでしたが映画を見ることで、追体験させてもらいました。作ってくださって、本当にありがとうございます。

 本作で西田さん演じる相葉役のモデルとなった釜石市在住の千葉 淳氏が登壇。

千葉 淳氏: これほど大きな話題になると思っていませんでした。亡くなった方々を冥土に送ってあげたい、上手に送ってあげたいという気持ちで、したことです。大それたことをやったわけではないし、映画化されるということは、起きたことが風化しないように皆さんに分かるように残していただいたことは本当に感動しています。

MC: 西田さんが演じられたシーンで印象に残っているシーンはありますか?

千葉 淳氏: 靴を脱がれて、裸足になって仏さんに接していただいたんです。真っ白な気持ちでやっていただいたことに敬意を示したいです。本当にありがたいです。実際はとても裸足で出来るような仕事ではないので、西田さんは脱いでいらっしゃって、私以上に仏さんの尊厳を大事にしていただいて、本当にありがたいという印象でした。

西田敏行: 千葉さんがなされた崇高な行為は素晴らしいと思います。劇化することによって、千葉さんの気持ちも代弁できるのではないかということで靴を脱がさせてもらったんです。

MC: 千葉さんは遺体に声をかけているのを重視されている姿は伝わりましたが、お気持ちを聞かせていただけますか?

千葉 淳氏: 身元不明の方々が一番困りました。身元不明の方々が明日来るか明後日くるか、お棺の中で家族が来るのを待っているんです。「寒いけど頑張ってね」と声をかけるんですが、身元不明の方々はまだ家族に会えなくて……。

MC: 西田さん、最後のコメントをお願いいたします。

西田敏行: 今日、皆さんの話を聞いて、この映画を作って良かったと確信しました。東日本大震災の被災地の方々に、「いつも忘れていないよ」とメッセージを伝えることが出来ました。本当にありがとうございました。


千葉 淳氏

 定年前に、葬祭関連の仕事に就いており、ご遺体の扱いにも周知されていたため、旧釜石第二中学校の体育館に設けられた遺体安置所でのボランティアに携わる。「ご遺体に生きているように接する、ご遺体は声をかけられるだけで、人間としての尊厳を取り戻す」この信念が、安置所で働くスタッフ、ご遺族の方の大きな支えとなっていた。


(オフィシャル素材提供)


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