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トップページ > インタビュー > 『暗殺 リトビネンコ事件(ケース)』アンドレイ・ネクラーソフ監督 インタビュー

アンドレイ・ネクラーソフ監督 インタビュー

2007-12-03 更新

身の危険を感じた瞬間は確かにあったが、自分の信じる道を進むしかないと思っている

暗殺 リトビネンコ事件(ケース)

アンドレイ・ネクラーソフ監督

1958年サンクトペテルブルグ生まれ。同地の州立演劇・映画研究院を経て、パリ大学で言語学と哲学の修士号を取得。1985年、タルコフスキー監督作品『サクリファイス』に助監督として参加。その後、ブリストル映画学校留学を経て、国際共同製作のドキュメンタリーやTV番組を手がける。1993年には初の短編映画、1997年には初の長編映画を発表。続けて発表した『Lubov&Other Nightmares』(2001)、『Disbelief』(2004)は、いずれも各国の映画祭で高く評価された。

配給:スローラーナー
12月22日よりユーロスペース他で公開
(C) Dreamscanner productions 2007

2006年11月23日、プーチン政権の不正を告発したロシアの連邦保安庁の元中佐アレクサンドル《サーシャ》・リトビネンコが、亡命先のロンドンで何者かに放射性物質ポロニウム210を飲まされ、暗殺された。事件を捜査したスコットランドヤード(ロンドン警視庁)は、元KGB職員アンドレイ・ルゴボイを犯人と特定、ロシア政府に引き渡しを要求したが、プーチン政権はこれを認めず、両国関係の緊張を引き起こした。生前のリトビネンコと交友があり、彼の死の5年前からインタビューを続けてきた映画監督のアンドレイ・ネクラーソフは、リトビネンコの死後、彼の死にまつわるドキュメンタリー映画『暗殺・リトビネンコ事件』を完成させ、直後に開催されたカンヌ国際映画祭に出展し、大きな反響を呼んだ。日本での公開を控え来日したアンドレイ・ネクラーソフ監督が、リトビネンコが命がけで告発してきたロシア政府の腐敗の実態と祖国の将来について語ってくれた。

-----どこの国にも公安組織や諜報組織はありますが、なぜロシアでは、リトビネンコが汚職や殺人指令を告発したFSB(ロシア連邦保安庁)のような、他の先進国では例を見ないほど強大な権限を持っている組織が出来上がったのでしょうか?

 ロシアでは国家の権威が非常に弱い、つまり国家そのものにはあまり権威がない。そこで、国家を支える力が必要になり、経済力や情報で国家を支えるためにFSBのような組織が生まれたわけなんだ。このような状況は、ロシア帝国崩壊後ずっと変わっていない。FSBはお金の力や恐怖心で力を行使するが、思想的な権威は持っていない。かつては共産主義というイデオロギーが権威を持っていたが、ソ連が崩壊し、イデオロギーの空白が生まれた。その時にものをいったのが、武器であり、お金だったわけだ。現在ではこういった公安諜報組織が天然資源の開発まで関与し、多額の資金を入手しているんだ。武器もあり、財力があり、多くの人員を抱える組織が、イデオロギーの権威が失われ空白となったポジションに現れ、権力を握ったのだと思うね。

-----映画の中では、チェチェンでの虐殺やFSBによる暗殺がまかり通るようになったのは、一般市民が無関心だからだという話が何回か出てきますが、そのようになった原因はどこにあると思いますか?

 様々な要因はあるが、ロシアの中心部であるヨーロッパ・ロシアに住んでいる人が、コーカサスを始めとする非ロシア人が多く住んでいる地域に対して持っている差別や偏見も原因のひとつだと思う。ロシアは非ロシア民族の共和国と共に連邦を構成し、それぞれが平等だということになっているが、心理的にはロシア民族が連邦を代表する顔だという意識を持っている。現実問題として、ロシア人の方が圧倒的に人口が多いので、ロシア人が連邦を代表する顔にならざるを得ない面もあるが、非ロシア人に対する何らかの差別意識が生まれるきっかけになっていると思う。また、政治的な正義といった概念が、ロシアではあまり根付いていないという点も原因のひとつだろう。チェチェン問題について議論をする人もいるが、そういった人たちでさえ、なかなか差別意識が抜けていないんだ。もちろん、チェチェンについては、外国からの介入や分離主義者の問題、政治的な腐敗といった様々な問題が関わっているので、問題の単純化はなかなか難しいが、ひとつの大きな要因として差別意識があると思う。偏見はどんな国でも何だかの形で存在しているし、決してロシアだけの問題ではない。例えば、アメリカの行っている戦争はイスラムに対する偏見抜きでは考えられないだろうし、ロシアにもイスラムに対する偏見はある。
 ただし、ロシアの問題点は、メディアの自由が制限されていることだ。欧米の場合には、偏見に対する様々な議論が起き、批判をすることも自由だが、ロシアには偏見を利用しようとする傾向があり、(何者かに暗殺されたジャーナリスト)アンナ・ポリトコフスカヤやリトビネンコのように国に対して批判を加えようとする人たちは、非常に危険な立場に置かれ抑圧されることになるんだ。

-----映画の中では、ロシア国民は独裁者の登場をどこかで待ち望んでいるのではないかという見方が出てきますが、そのような意見についてはどのようにお考えになりますか?

 確かに、ロシア人には独裁者を求める傾向があるかもしれないが、部分的な真実だし、時期によって変化することだと思う。例えば、ゴルバチョフ時代は雪解けが起こったような、非常に自由な空気が生まれた。当時のロシアは非常に自由な国で、いろいろな意見を語ることができたんだ。このようなことはゴルバチョフ時代だけではなく、1917年の革命当時も、2月革命から10月革命までの間、当時のロシアは世界で最も自由な国だと、ロシア人だけだが、そのように思っていたくらいだ。エリツィン時代にも、ロシアは最も自由な国だと言っている人がいたね。何をもって自由と感じるのかは人によって違うだろうが、そうはいっても、ロシア人には悪い特徴、欠点があるのも確かだ。このことは、映画の中で哲学者のブリュックスマンや(ロンドンに亡命した政治家・実業家の)ベレゾフスキーも指摘していたが、ロシア人には自由に発言できなくても満足してしまうところがあるんだ。
 ただし、現在でもロシアのメディアに表現の自由はないと言われているが、現実に私はこの映画のような作品を撮っているわけだし、このような形で現在起こっていることに何らかの反応を行い、責任を取ろうという人たちも存在している。だから、ロシアの人々が独裁を求め自由を求めていないという見方は、言い過ぎだと思うね。

-----好調なロシア経済が、プーチン政権の高支持率を支えているとお考えですか?

 私は経済学者ではないが、こういう仕事をしているので、ある程度の見通しはつく。そのような限定的な視点ではあるが、現状についてこのように考えている。確かに現在のロシア経済は非常に好調だが、天然ガスや石油、一部の希少金属などの輸出によるもので、逆に言えばこれらのみに依存しているんだ。ロシアの内側から好調な経済を見ていると、一部の高級品や外国からの輸入品には旺盛な需要があるが、これらはごく一部の人々のものでしかない。にもかかわらず、メディアを通じて、そういった需要のイメージがばらまかれているんだ。実際にロシアに来られるとお判りになるが、道路・水道・通信といった社会的なインフラには、大きな問題を抱えているにもかかわらず、十分な投資が行われていない。モスクワとサンクト・ペテルブルグというロシアを代表する二つの大都市を結ぶ道路では、道中でまともなトイレひとつ見つけるのも難しい といった有様だ。地方に行けば、水道すら通っていないような場所がまだある。
このような状態を見れば、経済の実態には好調と言い難い面があると思うね。富の配分が公正とは言い難いのが現状だ。映画の中でもロシアには民主主義がないという発言がいくつか出てくるが、最も重要なのは民主主義の中身の問題だ。民主主義にとっては、制度上のスタイルは重要ではなく、自分で物事を決めて管理していく自己管理が機能していることこそが重要なんだ。例えば自分たちの住んでいる地域に水道が通っていなければ自分たちで解決していく、そういうことこそ民主主義の重要な要素なわけだが、今のロシアには決定的に欠けている。そして、こういった現状が経済的な成長にブレーキをかけているのだと思っている。

-----今後、ロシア経済が失速したら、どのような事態が起きると思いますか?

 ロシアに将来というものがあるとすれば、成長を続けてより良き将来を迎えるためには、徹底的な改革が必要だと思う。そして、改革を進めるためには、民主主義を根付かせていくことが不可欠だし、これが出来なければ現状以上の改革は不可能だろう。今のロシアで起こっていることは、例えば、(新興企業家の)ホドルコフスキーが設立したユコスという石油会社は、悪者だとされたホドルコフスキーが追い出され、国営企業のロスネフチに吸収されたが、こういった出来事を通じて、非常に不透明な金の流れができ、個人のポケットの中にお金が消えていくといった事実が実際に起こっている。このようなことを繰り返していると、更なる経済成長の実現は難しい。こういった部分にも、きちんと改革のメスを入れなければいけないと思う。

-----この映画はロシアでは上映されましたか?

 ロシアではまだ上映されていない。2004年に撮った『DISBELIEF(不信)』という作品は、今回の『暗殺 リトビネンコ事件』と似たようなテーマを扱っているが、ロシア国内でも劇場で上映され、DVDも買うことができる。この映画は出来たばかりなのでこの先の展開はまだ判らないが、ロシアでも上映できればと思っている。

-----この映画の撮影後、生命の危険を感じたことはありますか?

 客観的に見た場合のことは判らないが、主観的に身の危険を感じた瞬間は確かにあったね。リトビネンコが殺される理由は客観的に見てもあり、実際に殺されたわけだが、私の場合には彼ほど明確な危険があるわけではなく、非合理的な感覚でしかない。私のようなことを考えて活動している人は、今のロシアにも少なからずいるが、皆が同じような非合理的な恐怖を感じているよ。だからといって、活動を止めてしまう人もいるだろうが、私は自分の信じる道を進むしかないと思っている。

ファクトリー・ティータイム

日本人にとってソビエト崩壊以降のロシアについては馴染みが薄いが、話を聞くにつれ、民主主義への道未だ遠しといったところだ。とはいえ、アレクセイ・ネクラーソフ監督のような骨太の映画人がいて、今のところは自由に活動が出来ているというのは一抹の希望。多くのジャーナリストが暗殺されているプーチン政権下のロシアだが、これからも身の危険には配慮しつつ頑張ってほしい。
(文・写真:Kei Hirai)


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