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記者会見

トップページ > 記者会見 > 『オリヲン座からの招待状』完成報告記者会見

完成報告記者会見

2007-11-03 更新

宮沢りえ、加瀬 亮、宇崎竜童、中原ひとみ、樋口可南子、原田芳雄、三枝健起監督、浅田次郎(原作)

オリヲン座からの招待状

配給:松竹 11月3日より全国公開
(C)2007「オリヲン座からの招待状」製作委員会

 街の小さな映画館を守り続けた二人の愛を描いた、浅田次郎原作による『オリヲン座からの招待状』が完成した。主演は、亡き小屋主の妻を演じる宮沢りえと彼女を支え続けた映写技師役の加瀬 亮。完成記者会見には、主役の2人をはじめとする出演者たちに加え、三木健起監督と浅田次郎も登場。実寸大のオリヲン座の画像をバックに、見どころやエピソードについて語った。

-----まず、ひとことご挨拶をお願いします。

宮沢りえ:三枝健起監督とは16歳の時から一緒にドラマを作っていましたが、今回は初めての映画でした。撮影中は泣いたり笑ったりと感情の流れが激しかったですが、とても良い作品が出来たなと思っている、思い入れがすごく強い作品です。ぜひ、たくさんの方に観ていただきたいと思っています。
加瀬 亮:素敵な温度の映画が出来たと思っています。今日はよろしくお願いします。
宇崎竜童:せっかく禁煙していたのに、たくさんタバコを吸わないといけない役で、リハーサルの時にタバコを噴かしていたら、監督から「本当に吸ってください」と言われました。吸う度にめまいがして、覚えた台詞がふわっ、ふわっと無くなっていく(笑)。それから、フィルムを何十年も扱っている映写技師の役、しかも古い映写機のある映画館を想定しているので、加瀬君と一緒に映写機の使い方のお稽古をしました。彼は即座に覚えました。僕はその場では覚えますが、2、3時間経つと全て忘れてしまう。30年前のことはすぐに思い出せるのに、どうして今日やったことは思い出せないのだろうか(笑)? そういう悲しい思いをしながら、演じさせていただきました。宮沢さんと加瀬君と仲良くやらせていただき、とても楽しいお仕事でした。
中原ひとみ:宮沢りえさんは可愛くて綺麗でとても素敵だなといつも思っていたので、最初にこの映画のお話を頂いた時には、その宮沢さんが年をとった時の役をやっても大丈夫かしらと心配になりましたが、なるべく雰囲気を壊さないようにやらせていただきました。最初の撮影の日には古い映画館を再現したセットで撮影しましたが、本当に素晴らしくて、「あぁ、私もあの頃は映画に出ていたんだなぁ、あの頃、映画で育てていただいたんだなぁ」と思いながら、セットで仕事をさせていただきました。一番大変だったのは、原田さんにおぶわれていく最初のシーンです。原田さんのほうがもっと大変だったかもしれませんが、大人になってから初めておんぶしていただいたので、本当に気兼ねが大変でした。
樋口可南子:私が演じたのは、幼なじみと結婚して、大人になって離婚を決意した夫婦がオリヲン座に招待されて、お互いの昔のことを思い返し、再度見つめ合うというようなとてもシンプルな役です。台本には、どうして別れるのにキスをしたのか、二人はどういう状態なのか一切書かれていないので、夫役の田口トモロヲさんと一緒に想像力を膨らませて、頑張りました。出来上がった映画を観ると、りえちゃんと加瀬君が本当にお互いを思い合っていて、台本を読んだ時にはこんなに優しい人たちがいるのかな?と思いましたが、二人のシーンを見ていると、本当にしみじみ深いものがたくさんあり、二人の優しさとその持続力に感動しました。この二人、本当に素敵です。たくさんの人に観ていただけたらと思います。
原田芳雄:こんにちは、今日はありがとうございました。「音楽は昔を引きずる力がある」という宇崎竜童さんの言葉がありますが、映画もその当時を全部引きずっているような感じです。この映画に登場するオリヲン座から、私が子供の頃に行ったいろいろな映画館や、そこで見た日本映画などを思い出しました。
 当時の代表的なかっこいいお兄ちゃんといえば、ざるそばを6個ぐらい高く積んで街を自転車で走っているおそば屋さんの出前や、自転車の後ろに映画館の看板を縛り付けて街を駆け抜けていったお兄ちゃんでした。先ほど中原さんもおっしゃいましたが、加瀬 亮君が何年か経って僕みたいになってしまうのでは、ファンの方に申し訳なく、おしかりを受けると思います。この映画は僕らと同じ世代の人、それから若い人たち、いろいろな人たちにさまざまな想いが起きるような映画になっているので、非常に楽しみにしています。
浅田次郎:この『オリヲン座からの招待状』という小説は、皆様ご存じの短編集『鉄道員(ぽっぽや)』の中に納められている1篇です。あの本はとても不思議な本で、八つの短編が入っていますが、その中から4本の劇場用映画を作っていただきました。たぶん、こういうことは今までにもなかっただろうし、これからもないだろうと思います。こんなに一つひとつを大切にしていただいて、何と申し上げて良いのか、お礼の言葉もありません。私は、世間ではお涙作家といわれていますが、正体は血も涙もない冷血な男でございまして(笑)、きわめて冷静に原稿を書いています。しかし、今回は試写を拝見し、原田芳雄さんが最後に映画を映写する前のスピーチのシーンで、我ながら信じられないぐらいに不覚の涙を流してしまいました。たぶん、小学校以来、初めて泣いたのではないかと思います。とても良い映画を作っていただいて、誠にありがとうございました。
三枝健起:ちょうど1年前の9月1日にクランクインして、今頃まで撮影していました。苦労した、辛かった思い出はたくさんあるのですが、そういった中から、こういう風なものが出来ました。自分自身はピュアな心をそれほど持っている人間ではないと思いますが、自分で作っていながらも、清らかな気持ちになっていくような映画が出来て良かったなと思っています。今、浅田先生から小学生以来の涙を流されたというお話を聞き、感動しました。ありがとうございます。団塊世代の私たちが映画を観ていた、ちょうどその頃が舞台の物語なので、そういった世代の方たちもいらっしゃると思いますが、若い人たちが観てもとても心温まる映画なので、よろしくお願いいたします。

-----皆さんの映画館に関する思い出を教えてください。

宮沢りえ:映画館にはいろいろな思い出がありますが、私が3歳か4歳の頃、初めて母親に映画館に連れて行ってもらったのが『ピンク・パンサー』という映画でした。私は記憶にないのですが、いつも『ピンク・パンサー』のテーマ・ソングが流れるとスクリーンのほうに走っていきピンク・パンサーと一緒に踊り始め、曲が終わると席に戻り、同じ曲が始まるとまたスクリーンのほうにいって踊り出すのがとても恥ずかしく、顔から火が出たという話を母親から聞いています。その頃から何かを人前でやるのが好きだったのかなと思いますが、これが、私にとって最初の映画館の思い出です。
加瀬 亮:小さい頃はハリウッドの大作をやっているような大きな映画館の記憶しかありませんが、学生になって単館系の映画に出合ってからは、地元横浜の小さな映画館にいつも通っていました。そこに働く本当に映画を愛してかけてくれる方たちの温度がすごく好きで、今回、この映画に参加させていただくことになった時には、そうやって本当に好きな作品をかけ続けている方たちのことを自分の中でいつまでも大切にしたいなと思い、参加させていただきました。
宇崎竜童:僕の家は大家族でした。親父はハリウッドのアクション映画が好きで、出かけていくのはだいたい有楽町の有楽座、日比谷映画。お袋は日本映画が好きで、松竹の木下恵介監督や小津安二郎監督。東映も好きで、片岡千恵蔵に市川右太衛門。これを渋谷の松竹や東映で観ました。姉たちは、ミュージカルやイケメンの男優が出ている洋画が好きで、新宿や銀座に連れて行ってもらいました。中学に入ると、1ヵ月のお小遣いが500円でした。当時は東中野まで通学していたので、定期券を使うと新宿に行ける。コマ劇場の前まで行き、ミラノ座でロードショー150円、次に隣の新宿グランドオデヲンで2本立を見て、帰りに新宿ローヤル劇場へ。そうやって1ヵ月分のお小遣いをなくした思い出があります。もうひとつ、渋谷の映画館でしか売っていないアイスクリーム、筒状の容器に入っていて下から押し上げて食べるアイスクリームがありました。これを暗闇で食べようかなと思った瞬間、スポンと落ちて食べられなかった悔しい出来事を今でも思い出します。
中原ひとみ:小さい頃には体がとても弱くて、映画館に行っても、人混みに入るとすぐに気持ちが悪くなり倒れてしまうので、連れて行ってもらえませんでした。でも、小学校高学年の担任の先生が音楽の先生でしたが、放課後にSKDのレビューと松竹の映画の2本立てをよく連れて行ってくださったので、その影響で映画が好きになりました。
樋口可南子:私はそんなに古い話ではないのですが、夫と一緒に『シンドラーのリスト』という映画を観た時にぽろっと涙を流したら、横で夫が大号泣していて、止めれば止めるほど声がだんだん大きくなっていったので、それ以来、泣ける映画は夫と一緒に観に行かないことにしました(笑)。
原田芳雄:僕はものすごく古いですが、映画館の名前は全部覚えています。最初に観た映画は、ご存じの方はもう少ないと思いますが、清水金一、通称シミキンという方がいまして、その『シミキンの喜劇王』。洋画ではチャップリンです。戦時中は疎開していましたから映画を観るのはお正月ぐらい、後はお寺の境内での野外上映しか観られませんでした。終戦後、本当にざらざらしたわら半紙みたいな『肉体の門』のチラシを見たら、そこに裸の女の人がつり下げられているカットがありました。まだ小学校に入る前ですからものすごくドキドキして、怒られるといけないので、押し入れの中に隠れて隙間から光をあてて見ました。このように、映画館というのは闇の中でみんなが解き放たれていくということを、今、思い出しています。
浅田次郎:私は半端に古いのですが、宇崎さんがおっしゃったこともよく覚えています。棒状のアイスクリームも覚えています。たぶん、宇崎さんとは同じ世代で、同じ地域で映画を観たと思います。もしかしたら、同じ映画館にいたこともあるかもしれません。僕らが子供の頃にはテレビが普及していなかったので、映画が最大の娯楽で一番の楽しみでした。子供心には、映画そのものよりも映画館にすごく愛着があったので、この小説も映画に対するものではなくて、映画館に対するオマージュとして書いたような気がします。映画館の思い出というと、何時間も映画を観た後で外に出てみると、嘘みたいな夜になっている。あの感じが子供心にはとても不思議でした。今でも映画は大好きです。映画だけで育った最後の世代といえるかもしれません。
三枝健起:短くいうと、思い出としては、ディズニーの『バンビ』ですね。

-----出演者の皆さんは、どんな気持ちでこの映画に取り組まれましたか?

宮沢りえ:映画に参加する時には、2時間、2時間半、映画館に観に来て下さった人の時間を頂くのですから、それにふさわしい作品にしようという気持ちは毎回持っています。今までは瞬発力に興味があり、瞬間的に出る思いやエネルギーはとても素敵だと思っていたのですが、今回の台本を頂き、トヨさんの役を自分の体を通じて演じていく時には、持続力の素敵さをすごく意識しながら演じました。
加瀬 亮:何年か前に、原田さんもご一緒でしたが、森崎 東という監督とご一緒させてもらった時の現場体験が、僕の中ではそれまでの現場と違って衝撃的でした。例えば、上の世代の人たちの映画に対する圧倒的な想いは、かなりショックでした。その森崎 東監督が一番好きな映画が(この映画の最後でオリヲン座で上映する)『無法松の一生』だと話してくださいましたが、今回の映画に参加する時には、その『無法松の一生』を観ることから始めました。僕の世代ではあまり経験していない、そういった映画館や映画に対する思いを素直に感じてみたいなというところから、留吉という役を考えていきました。
宇崎竜童:昔のレコード屋さんには、例えば僕らが買いに行った時に、「おじさん、最近、何か良いレコードない?」というと、「ジャズだったらこれだよ」とか、「映画音楽だったらこれだよ」とか、「ポップスだったらこれだろう」といった店主の確信みたいなのがありました。同じようなことが映画館にもあり、映画は映画館の館主が選んでかけていました。もちろん、毎週のようにいろいろな映画館に行ったのですが、少し映画について学んでくると映画館の色、そこにかけられる作品は信用して観に行こう、中学・高校時代にはそんな気分で映画館に通いました。ですから、この映画館の館主も、これを皆に観てもらいたい、その作品をかけることでお客さんがあまり来ないとしても観てもらいたいという、そんな気持ちで映画をかけ続けてきた館主だと思います。そういうどこか頑固な街の映画館の館主をどうやって演じればいいのか、僕にはさっぱり判らない。とにかく、監督の奴隷になればいいだろうというつもりで、監督のいいなりでこの映画に参加させていただきました。
中原ひとみ:どんな仕事でも一生懸命にやることをモットーにしているので、今回も一生懸命やらせていただきました。トヨさんを演じるというよりも、トヨさんを生きるという気持ちでやらせていただきました。本当にトヨさんとして生きられたかな、現代のトヨさんを演じることが出来たかなと思っています。
樋口可南子:今回の役はイメージするのが難しかったのですが、とにかく、現場の力、チームワークを信じていました。自分一人では想像できなかったのに、現場に行って映画館のセットに入った時には、ものすごく懐かったですし、原田芳雄さんが出てきた時には「あっ、叔父ちゃんだ!」と感じました。芳雄さんとは今まで何回も共演させていただきましたが、「叔父ちゃんだ!」と思うことが出来たのは、今回頂いた役だけです。それほど、芳雄さんはしっかりした役をなさっています。そのように、セットと相手役の方の力を借りて自分の思っている世界に飛び込めたのは、本当に現場の力、チームワークだと思います。
原田芳雄:映画と関わり始めてから40年近くになりますが、未だに一番向いていないことをやっているなと思っています。もともとひとり遊びが好きだったのですが、映画は集団でやるものですから。映画はいろいろなものが交差しながら出来上がっていくものなので、僕もたくさんの先輩にいろいろなことを教えられながら、また新しい人から刺激を受けながら続けていますが、やはり映画は作るものではなく、ぽろっと生まれてしまうものなのではないでしょうか。いろいろなものが交差している瞬間に、ぽろっと生まれてしまう。その生まれたものに、関わった者全員が裏切られていくのが、自分にとっての楽しみです。ですから、この映画はまだ観ていませんが、どんな映画になって、どんなものが生まれているのか楽しみにしています。今まで、撮り始めて3日目あたりにどんな映画になるのか想像できる映画は、だいたい失敗しています。撮り始めて3日目にどんな映画なのか判らなくなってしまう作品には、個性的な映画が生まれている可能性があります。おそらく、三枝監督の下で変な映画が生まれているのではないかと思うので(笑)、僕自身も楽しみにしています。

-----宮沢さんが演じるトヨと加瀬さんが演じる留吉は映画館を守りながら純愛を貫いてきましたが、演じているときはどんな気持ちでしたか?

宮沢りえ:トヨと留吉さんの間にあるのは本当にプラトニックな純愛だったのか、それとも男と女の関係があったのか、台本には書かれていないので、撮影中、皆がいろいろな思いを持ちながら演じている姿がとても面白かったです。私がどのように思って演じていたのかは、ここでは言いたくありません。観てくださった人が本当に自由に感じてくださればいいなと思っています。加瀬さんとは、たくさんの台詞を交わすシーンがなく、無音の中、二人で会話しているシーンがとても多かったです。その会話が私にとってとても新鮮で、“言葉にならない会話”が出来ることはすごく楽しかったですし、加瀬さんのような役者さんが相手役で良かったなと思っています。
加瀬 亮:どんな気持ちで演じたかと聞かれてもひと言では答えられないのですが、宇崎さんが演じられた松蔵さんからの恩をいつも心の底に置いておくことと、現場で生まれたきれいな気持ちもやましい気持ちも、起こったことは全て素直に出して演じていました。純愛といわれてもそれが何なのか僕にはよく判らなかったので、その判らないということも含めて、とにかく宮沢さんが睨んでいる姿を見て、そこから生まれたものは全て良しとして演じました。

ファクトリー・ティータイム

ストーリー展開は全く違うが、日本版『ニュー・シネマ・パラダイス』ともいえる映画と映画館への想いに溢れた感動のストーリー。古き良き昭和を守って生きた2人を演じた宮沢りえと加瀬 亮の姿は、殺伐とした平成の世に生きる日本人に大きな感動を呼び起こしてくれる。
(文・写真:Kei Hirai)


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