インタビュー・記者会見等、映画の“いま”をリポート!

Cinema Factory

Cinema Flash





広告募集中

このサイトをご覧になるには、Windows Media Playerが必要です。
Windows Madia Player ダウンロード
Windows Media Playerをダウンロードする

インタビュー

トップページ > インタビュー > 『僕のピアノコンチェルト』フレディ・M・ムーラー監督 単独インタビュー

フレディ・M・ムーラー監督 単独インタビュー

2007-10-30 更新

これは、子供、そしてクラシック音楽への愛に満ちた映画だ

僕のピアノコンチェルト

フレディ・M・ムーラー監督

1940年スイス・ベッケンリード生まれ。祖国スイスで最も有名な映画監督の一人として知られている。チューリッヒでさまざまな職に就いた後、美術工芸学校で絵画と写真を学び、短編ドキュメンタリーを何本か撮った後、長編映画を撮り始める。山中で2人だけで生活する姉弟の近親相姦を描いた『山の焚火』は日本でも好評を博し、この作品で1985年ロカルノ国際映画祭金豹賞と全キリスト協会賞を受賞。その後しばらく映画撮影から遠ざかっていたが、1998年『最後通告』を発表。満月の夜に突然、失踪した子供たちの謎を描いた幻想的ミステリーで、その健在ぶりを示した。同作はその年のモントリオール世界映画祭で最優秀作品賞を受賞。『僕のピアノコンチェルト』は2006年アカデミー賞外国語映画部門のスイスからの公式出品作品に選ばれている。

配給:東京テアトル
11月3日(土・祝) 銀座テアトルシネマほか全国順次ロードショー
(C)Vitusfilm 2006

 モーツァルトのようにピアノを弾き、天才的な頭脳を持った神童ヴィトスが、さまざまなプレッシャーと葛藤しながら自分の人生を見出していく物語『僕のピアノコンチェルト』。2006年度アカデミー賞外国語映画賞スイス代表作品に選ばれた本作を監督したフレディ・M・ムーラーが、ヴィトスを演じたピアノの天才少年テオ・ゲオルギューと共に来日、単独でインタビューに応じてくれた。

-----今作は企画から完成までとても長い年月がかかり、さまざまな困難があったと伺っていますが、どうしても映画化を実現したいと思われた理由をお聞かせください。

 そもそもこの映画を作ろうと最初に思ったのは20年ほど前のことだった。そのとき、5歳から12歳の子供を主役とした映画を撮ろうと思ったんだ。そんなアイデアはあったんだが、他にもさまざまなプロジェクトがあったので、この企画は眠ってしまった状態にあった。でも、いつか絶対に撮ろうとは思っていたけどね。
 2000年になって、友人の劇作家と話をしながら、私が持っていたこのアイデアをさらに発展させようと一緒に脚本を書いていったんだ。そして製作にあたっては、ドイツ、オーストリア、スイス3ヵ国の合作にしようという話にもなった。それで関係者と打ち合わせをしていたんだが、誰もが自分たちの国にとって有利となるような条件をつけてきたんだ。例えばドイツの関係者は「撮影するならドイツ、主役はドイツ人でなければいけない」と要求し、オーストリア側も似たようなことを言ってきて、結局2000年にスタートしたプロジェクトが2002年には死んでしまったも同然の状態になってしまい、協力を申し出てくれていた製作会社も結局、手を引いてしまった。

 そんなわけで、私はやむを得ず、自分でこの映画を作るために製作会社を立ち上げて、予算も50%までカットした。さらには、娘の友人である若い人たちをパートナーにして映画を作り始め、5年経ってようやく出来上がったという次第なんだ。その間には他のプロジェクトも手掛けていたので、この映画だけにかかりっきりになっていたわけではないんだが。
 でも、振り返ってみると、たくさん問題があったということは私にとってはかえって幸いになったとも言える。もし、当初のプロジェクトで全く問題もなくスムーズに進んでいたら、今回主役を演じているテオは当時はまだ幼すぎて、主演をするのは不可能だった。そのプロジェクトが頓挫して、その後に新たなプロジェクトを立ち上げたからこそ、彼は適切な年齢に達していて、私もその彼を主役として起用することができたからね。これは本当に偶然の賜物だとは思うが、結果的にはこれだけ素晴らしい映画を作ることができたんだ。

-----監督がテオにインスパイアされたこともあったかと思いますが、彼自身はこの仕事をやり遂げたことで学んだものがあったようでしたか?

 そうだね。テオはピアニストなので、常に自分一人で行動することに慣れていた。でも撮影に参加することによって、チームワークを学んでいったと思うよ。撮影が始まった頃、彼はかなりナーヴァスになっていた。それというのも、撮影の作業というのは非常にゆっくりとしたプロセスを経るもので、役者は、衣装や照明係などスタッフの準備ができるのを待つ必要があるからね。そのとき私がテオに言ったのは、「オーケストラと一緒にピアノを演奏するときだって、ヴァイオリンやトランペットの人たちのウォームアップが済むまで、君は待たなくちゃいけないよね? だから、これはチームワークを学べる大きなチャンスだと考えてほしい」ということだった。彼もそれを納得してくれて、チームの中ではみんなが同じレベル、同じ準備ができる時点まで待たなければいけないということを学んでくれた。今作の撮影は8週間かかったんだが、始まっておよそ2週間後に彼はチームのリズムを完全に把握していたね。これは彼にとって、非常に良い経験になったと思うよ。
 撮影の3週間前、テオはそれまで一度も演技をしたことはなかったし、カメラの前に立った経験もなかったので、アクティング・トレーニングを受けたんだ。これによって、彼にとっては新たな仕事を学ぶチャンスにもなったね。彼は本当に呑み込みが速かった。チームの中で働き、自分の身体を使って書いてあるものを生き生きと体現するという経験ができたのは、彼の人生においてひとつの糧になったと思うよ。

-----これから映画をご覧になる方々に向けて、メッセージをお願いいたします。

 私は2人の子供を持っている父親であり、私自身は6人兄弟の末っ子として大家族の中で育ちました。観ていただく『僕のピアノコンチェルト』の主人公であるヴィトスは一人っ子です。両親は彼にあらゆる期待をかけていきます。ヴィトスは親の期待に応えながら、自ら進むべき道を見つけていく子供です。子供、そしてクラシック音楽への愛に満ちたこの映画を、私はモーツァルト生誕記念の年に作りました。ぜひとも、映画をご覧になっていただきたいです。これまで皆さんがご存じなかったスイスの一面をご覧になれるでしょう。(小さなボールを手の中で消すマジックを見せ)映画はマジックなのです(笑)。

ファクトリー・ティータイム

学生の頃に観た『山の焚火』にはいろいろな意味で衝撃を受けたことをはっきりと覚えている。この1本だけで名前が記憶に刻み込まれていたフレディ・M・ムーラー監督。とても温厚な方ながら、大きな身振り手振り&チャーミングなスイス・アクセントのドイツ語で、短い時間ながらもたっぷりと語ってくださった。語っても語っても語りきれないといった感じのお話しぶりから、寡作の監督が長い年月と執念を懸けて作り上げた本作への深い愛が伝わってきた。
本物の天才少年テオ君の超技巧ピアノ演奏もさることながら、ドイツ人だと思われがちなスイスの名優ブルーノ・ガンツの慈愛とユーモアに満ちたおじいさんっぷりも実に魅力的な本作。観た後は間違いなく、サントラが欲しくなる。
(文・写真:Maori Matsuura)


関連記事
テオ・ゲオルギュー 日本デビュー・コンサート

Page Top