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『由宇子の天秤』シンポジウム

2021-09-08 更新

春本雄二郎監督、安田菜津紀(NPO法人 Dialogue for People副代表&フォトジャーナリスト)、前川喜平(元文部科学省事務次官)
司会:佐治 洋(choose life project代表)

由宇子の天秤yuuko ©2020 映画工房春組 合同会社
配給:ビターズ・エンド
9月17日(金) 渋谷ユーロスペース他全国順次ロードショー!

 瀧内公美(『火口のふたり』『裏アカ』)を主演に迎えた春本雄二郎監督(『かぞくへ』)の最新作『由宇子の天秤』が9月17日(金)より渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開となる。その公開を記念して、9月6日(月)に本作で描かれる《不寛容な社会をなくすため、私たちができること》をテーマに識者を招いてシンポジウムが開催された。

 ゲストは、本作の春本雄二郎監督をはじめ、NPO法人 Dialogue for People副代表でフォトジャーナリストの安田菜津紀氏、元文部科学省事務次官の前川喜平氏、司会をchoose life project代表の佐治 洋氏が務めた。ジャーナリスト、表現者、報道の対象者、それぞれの立場の経験から生まれる白熱の議論に、ジャーナリズムを学ぶ大学生らが耳を傾けた。


安田「メディアの中からメディアを批判しなければ誰が批判するのか?」

 自分自身もテレビ業界にいた佐治は本作について「非常にリアリティがあると感じた。魂を削って考えたナレーション原稿をプロデューサーから削られてしまうというのは自分も経験があり、共感した。個人の正しさが歪められてしまうことの恐怖を感じ、茫然としてしまった」と感想を述べた。安田は「メディアの自浄作用のなさに既視感がある。7年前科学技術の疑惑の渦中にいた女性の一連の報道について、朝の番組でメディアの報じ方に問題があるとコメントしたら、他局の方から「メディアの中にいてメディア批判するってどうなの?と周りが言ってるよ」と遠回しに牽制され、この業界で生きていきたいなら忖度しなさいという警告に感じた。メディアの中からメディアを批判しなければ誰が批判するのか? 自浄作用をもたせるにはどうしたらいいのか? 映画を観て改めて考えた」と自身の経験と重ね合わせた。文科省の初等中等教育局にいた前川は「いじめ問題などが起きたとき、学校側は責任がないと主張し、事実を隠ぺいしようとする。文書の改竄もよく行われている。パワハラ、体罰問題が起きても、教師をかばう」と、映画で描かれる教育業界の隠ぺい体質に触れた。


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春本「観客に、当事者になることを体感してほしい」

 主人公をドキュメンタリーディレクターに設定した理由について、佐治から問いかけられた春本監督は「主軸となっているのは超情報化社会、つまり、誰もが発信者になれる時代。この時代に、社会の闇に光を当てることができると思っている主人公が自分自身の闇に光を当てることになったとき、個人なのか?報道なのか?どちらを尊重するのか?そこではじめて真実を語ることの難しさを知る。情報の代表者である主人公が当事者になる。観客に当事者になることを体感してほしかった」と語った。安田は由宇子について「主人公を含めて、100%白黒ハッキリしない、揺れ動きがリアル。由宇子は、撮影しないでと言われているのにカメラを向けてしまったりする。だけど、バッシングを受けている加害者家族に対して“私は誰の味方にもなれません。でも、光を当てることはできます”と言う彼女の言葉は嘘ではないと思う」と語り、それを受けて春本は「完全な人間はいないと考えている。真実も人も多面体で、つかみどころがない。映画を通して、人間の多面性を見せたかった」と応じた。


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一個人を徹底的に攻撃してつるし上げる「正義の暴徒化」

 「さきほど超情報化社会の話があったが、個人が発信できる時代で、個人の正義が暴走していくことがある。例えば、旭川いじめ事件のネットリンチ。悪意がないゆえに暴走していく」という佐治に、春本は「何のために誰かを叩くのか? 人や行為を責めて、なぜ起こったのかを掘り下げようとしない。メディアも掘り下げるほうに目を向けるような情報発信をせず、叩くように仕向けている」とネットリンチの問題はマスメディアの報じ方にも原因があることを示唆した。さらに、安田は過激派組織「イスラム国」の事案を例に挙げながら、分かりやすさを求める発信側と受け手側の姿勢を問うた。「分かりやすくするには、何かを悪魔化するのが簡単な方法。例えば、イスラム国は残酷な集団として知れ渡っている。シリアでの取材で、イスラム国の兵士にインドネシアから嫁いだ大学生に、なぜ宗教に傾倒したのか?と聞いたら、そのきっかけは失恋だった。心の穴をふさいでくれたのは宗教だったと。後悔しているか?と聞いたら“YESでありNO”。社会が“前に進め、進め”と鼓舞する先に、宗教があったら……。なぜイスラム国は生まれたのか? どのように求心力を持ってしまったのか? そこに切り込まない限り、同じような構図が再生産されていくかもしれない」。


前川「何が正義で何が事実なのか、冷静に追求するのはなかなか難しい」

 映画の中で主人公が真相を追求する、女子高生いじめ自殺事件に対する学校側の不誠実な対応について、佐治から問われた前川は「どんな事件も、学校や教育委員会が情報を集め事実関係を調査するが、必ずしも真相には迫れない。被害者家族の望む結論にならない場合もある。被害者はいつまでも不満が残るが、真実を追求したところで、望む結果にならない場合がある。東北大震災で教師や子どもが避難のタイミングが遅れて津波で大勢が亡くなってしまった大川小学校の裁判があったが、徹底的に検証しろという遺族と仕方なかったという遺族がいた。様々な感情が入り乱れる中、何が正義で何が事実なのか、冷静に追求するのはなかなか難しいと感じた」と、真相に迫ることのジレンマを指摘した。


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佐治「受け手側はどうすればメディアリテラシーを高められるか?」

 最後に佐治は「情報をどう受けとるべきか? どうすればメディアリテラシーを高められるか?」と三人に投げかけた。安田は「初心に立ち返らないといけない。人にカメラを向けるからには常に自分にも矛先を向けられるのかを考えろ、と先輩に言われた。それは受け手にとっても同じ。声を出す勇気は大切だが、発信する手段が身近になっているからこそ、立ち止まる勇気も必要。ここでほんとにボタンを押す?とワンクッションが必要だと感じる」と提示する一方、前川は「権力が人々の発信を左右している。コロナ禍では、自粛警察みたいなものが公園で遊んでいる子どもたちを叱るというようなこと起きている。政府がきちんとした政策を打ち出さないため、そういう問題が起こる。国民の心が権力に誘導されているということを忘れないように。健全な懐疑心が大事。政治家の言うことはまずは疑ってかかる。白黒判断つかない部分を抱えつつ生きていく。自分自身に対する懐疑心。他人との葛藤だけでなく、自分を疑うことによって真実に迫る。そうすることで少しずつ真実に近づける」と熱っぽく語った。春本は「真実は多面的であるということが一番言いたい。人と社会は合わせ鏡のようなもの。自分が外にいるかのように社会を批判するのは違う。自分もその中にいると考えることが大事。つまずいたとき、どういう社会だったら立ち上がれるのか?立ち上がるためにどういう社会にするべきか?映画もメディアも教育も、思考停止しないということ。大人たちがそう言っているからと子どもはテレビや先生の言っていることは正しいと思考停止してしまうが、本当なの?と疑うことが大事。だから、この映画の題材に教育とメディアを選んだ。由宇子がどういう社会だったら立ち上がれるのか、皆さん自身の言葉で考えてほしい」と観客に呼びかけ、シンポジウムを締めくくった。

 シンポジウム後の質疑応答では、学生たちから「報道が間違って伝わったときの責任は誰にあるのか?」「分かりやすくしないと見てもらえないという風潮があり、取材対象が“ネタ”として消費される。そんな中で報道する意義はどこにあるのか?」など、熱心な質問が飛び交った。


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(オフィシャル素材提供)



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