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『人生、ただいま修行中』
来日記念 聖路加国際大学特別授業

2019-10-14 更新

登壇者:ニコラ・フィリベール監督、奥 裕美氏(聖路加国際大学看護学研究科准教授)
参加者:学生(院生含む)、教員、聖路加国際病院の看護師・医師

人生、ただいま修行中tadaima 配給:ロングライド
11月1日(金) 新宿武蔵野館 ほか全国順次公開
© Archipel 35, France 3 Cinéma, Longride -2018

 『ぼくの好きな先生』で知られるドキュメンタリーの名匠ニコラ・フィリベール監督の最新作『人生、ただいま修行中』が11月1日(金)より新宿武蔵野館他にて全国順次公開となる。

 フランスで200万人を動員した世界的ヒット作『ぼくの好きな先生』や『パリ・ルーヴル美術館の秘密』などで知られ、フレデリック・ワイズマンらと並ぶ現代ドキュメンタリー最高峰の一人、ニコラ・フィリベール監督。小さくも多様な日常の中にあるかけがえのない瞬間を優しさに溢れた眼差しで捉えてきた彼の、11年ぶりとなる待望の日本公開作。

 舞台はパリ郊外の看護学校。まだ頼りになるとは言い切れない。けれど誰かのために働くことを選んだ看護師の卵たち。つまずき、時に笑い、苦悩しながら成長していく彼らの姿は、いつしか今を生きる私たちの物語へとつながっていく。誰もが、初めてを経験し、失敗しながら生きていく。人生は学びと喜びの連続であることを教えてくれる感動の奮闘ドキュメンタリー。ニコラ監督は2016年、塞栓症を患い救急救命室に運ばれ、一命をとりとめた経験から、医療関係者に敬意を表すべく、医療関係者、特に看護師と共に映画を撮ることを決意した。

 このたび、本作の公開を記念して、ニコラ・フィリベール監督が11年ぶりに来日し、2020年に看護教育100周年を迎える聖路加国際大学にて行われた特別授業に登壇。映画の主人公たちと同じく、今まさに看護を学ぶ学生や、現役の看護師の方々と共に、映画の感想や質問を交えながら、監督が入院や撮影を通して実際に感じたフランスの看護現場について、また、映画を通じて届けたい、今この時代に“誰かのために働くこと”を選んだ若者たちへの想いを語った。


 大きな拍手に迎えられ登壇したフィリベール監督は「この病院に招待していただいて大変感謝しております」とにこやかに挨拶。まず、本作を作ろうと思ったきっかけから話がスタートした。「2016年に肺の塞栓症で集中治療室に入院した後、私はこの看護の世界を作品にしたいと思いました。看護職というのは、本当に大変かつ必要不可欠な職業でありながら、軽視されているところがある。そういった人々にオマージュを捧げたいと思ったのです。ヨーロッパ、フランス、全世界でそうだと思うのですが、看護の仕事というのは医者より患者の身近にいる存在。患者の打ち明け話を聞いたりもします。例えば、末期の患者は『私の命は後どれくらいですか?』と医師には聞けないので看護師に聞ける、といった話もよくあるようにね。陰の存在ながら、とても責任の重い仕事。にも拘らず、賃金は高くないし、労働条件がとても厳しいし、人手不足だし、経済的な効率が重視されて、一人ひとりのケアを“もっと早く、スピーディに!”と求められる。そんな中で果敢にお仕事をしている看護に携わる方々に大いなる尊敬と賛賞の念を抱いています」と、本作への想いを明かした。


tadaima

 ただし、本作は看護のスペシャリストに向けて作ったわけではないという。「あらゆる人が、今健康であっても、病気になったり怪我をしたり、人生を終えるときも、いつか病院にお世話になる可能性がある。人生の儚さといったものを、この作品を通して垣間見てくれたら」と、そのユニバーサルなテーマを語った。

 続いて、会場の観客からの質問が。現役看護師の方からは、「看護師になっていく学生の大変さは全世界共通であり、それに向かっていく希望に満ちた表情というのもまた同じだなと思いました」という感想に続き、「本作はご自身が入院された経験から本作を作ろうと決めたとのことですが、なぜ現場のナースではなく学生にフォーカスを当てたのでしょうか?」との質問が。「その通りですよね。病院で撮影することもできたかもしれません。なぜ学生にしたかというと、看護の職業の大変さ、複雑さ、身に着けるべき知識の膨大さは驚くべきものです。患者としてプロの看護師のスムーズな動きを見ていては分からない、苦労の道のりを、学生のプロセスを追うことによって観客の方々に分かっていただけるだろうと思ったのです」。

 また、映画的な視点でも回答が。「学びの場には必ず、不安、ためらいがあり、撮られる方々が感情的になる瞬間など、感動的な瞬間があります。また、学生たちは、学ぶことに前向きで、希望を持って取り組んでいらっしゃる。そういった学びの希望ほど美しいもの撮影できることは他にないと思うのです」と語った。

 また、ある看護学生の「とても共感する部分が多かったです。看護学生や看護師との関わりで、印象的だったことはありますか?」との問いには、「入院中は、痛みを伴う病気だったので、呼吸をするごとに胸に短刀を突き刺されているような酷い痛みで、恐怖に襲われていて、周りを気にすることができませんでした。最後のほうで少し看護師さんたちと会話することはできましたが。この作品を撮ろうと決めたのは、きちんと元気になって回復してからのことです」と、過酷な入院体験を明かし、さらに撮影中の学生たちとの関わりについて、「この作品は、私自身がとても楽しんで撮りました。作品を撮りながら私自身が次第に理解したのは、看護の職業というのは、大変に人間的な豊かさを持ち合わせている職業だということです。若い人たちがなぜ、こんなにも大変な看護師を目指すのか不思議に思っていたのですが……。理由の一つには、もちろん必ず職があるということがあります。フランスは若者の失業率が高いですし。もう一つ、こちらの理由のほうが大事なのですが、看護の職業というのは、人間と直のコンタクトがある。現代社会で個人主義が進む中で、これはとても大きなモチベーションになっていると感じました」と自身の気づきを明かした。

 また、大学病院で看護教育学を学ぶ学生からは、第3章で映されている、病院での実地研修を終えた学生と指導員との面談シーンについて質問が出た。監督は、「学校の教師陣は、非常にあたたかく協力的に迎え入れてくれました。フランスでは、看護教師をしているのは元々看護師だった人たちです。だから、看護学生が話すことやそれに対するアドバイスは、彼ら自身が通ってきた道でもあるんです」と、舞台になったパリ郊外のクロワ・サン・シモンについて説明。また、「私自身が面接シーンを撮影していて感じたのは、担当指導官の間に、定期的に面接が持たれるのです。1回あたり、40~50分かけて聞くんです。これがとても大切だなと感じました。一人ひとりが具体的な経験を打ち明ける。先輩職員たちにハラスメントをされた、とか、患者の死を連続して目の当たりにした、とか、言葉の壁に戸惑った、とか。現場で働いている看護師の先輩たちは働いているので手一杯で、学生のケアをしている余裕なんてないですから」と病院での実地研修のリアルについて触れると、「一人40~50分というのはとても長いですね! 日本ではそんなにしっかりと面談時間を割くことは中々ないと思います」と驚く奥先生。監督は、「フランスでも全ての看護学校でそのように行っているわけではありません。年に1回だったり、グループ面談だったり。この学校は、研修から戻ってくるごとに指導官と面接ができるという、看護学生にとっては良い環境ですね」と、フランスの看護教育現場の状況を語った。

 また、質問者の「“他者のためになりたい”という表現をされていますね」という投げかけに対し、「本作は、現代の若者、それも人生の中で誰かの役に立ちたいというという若者たちを描いていると思っています。実は、フランスのフィクションで描かれる典型的な若者像というのは、無気力で、無関心で、ちょっと怠惰で、個人主義で……といったネガティブな印象で描かれることが多い。ですが、私が出会った若者たちはそうではありません」と説明。「また、この作品に映っている若者たちは、フランスの縮図というふうに言えるかと思います。いろいろな出自の方がいて、肌の色や宗教も違います。ですが、残念なことに今、人種差別やナショナリズム、個人主義といった思想が台頭してきていますよね。人類にとって危険なものですし、私たちを脅かすものだと思います。そういった中で、私は、本作を通して、多様な出自の若者たちが『みんなのために役に立とう』という心構えで、みんなのことを守るためにスタンバイしている。そういう姿を描けたことをとても幸せに思っています。また、フィクション映画で描かれる“無気力な若者像”を少し変えることができたのではないかなと思っています。それが、ドキュメンタリー作家としての、私の政治的なアクトだと言えるでしょう」。

 さらに、「看護師は日常のヒーロー・ヒロインじゃないかなと思います。毎日立ち向かっていらっしゃるし、自分の中の恐怖感、嫌悪感を克服しなくてはならない。何気ない普通の職業ではないか、と思われがちですが、私なりの言葉で言えば、“普通の人でも、蓋を開けてみると特別な人”です」と、改めて尊敬の念を伝えた。

 奥先生からの「自分が通ってきた道なので、いろいろなことを“知ってる、知ってる!”と思いながら観て、逆に看護師でない方はどういう気持ちになるのだろう?というふうに思っていました。ですが、本日監督のお話を聞いて、本作には、人が成長すること、助け合うこと、多様性を大切にすることなど、日本やフランスでも変わらない大切なことが描かれているのだと分かりました。ぜひもう一度、劇場で観たいと思います」という感想を聞いた監督は、「そうなんです! 観客誰しもに向けて捧げた作品です。人類全てにとって普遍的なこと、人間関係の中でも、“ケア”ということが描かれています。誰かが誰かをケアするというのは、映画監督、教師、親が子をケアする、など、ユニバーサルで幅の広いものなんです」と、本作から浮かび上がる普遍的なテーマについて語った。


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 最後に、ニコラ監督から「きっと何かしら、皆さんが自分自身に語りかけられているように感じるシーンがあるかと思います。よろしければぜひ、周りの方にもこの映画のことを伝えてくださいね」という言葉が贈られ、大きな拍手でイベントは締めくくられた。



(オフィシャル素材提供)



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