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『ハウス・ジャック・ビルト』
エアファンミーティング

2019-05-31 更新

滝本 誠(美術・映画・ミステリ評論家)、柳下毅一郎(映画評論家・特殊翻訳家)、町山広美(放送作家・コラムニスト)、品川 亮(STUDIO VOICE 元編集長・文筆/編集業)

ハウス・ジャック・ビルトhousejackbuilty 配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム
6月14日(金) 新宿バルト9、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか 全国公開
© HJB2019

 『奇跡の海』、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』、『アンチクライスト』、『ニンフォマニアック Vol.1/Vol.2』といった話題作を世に送り出し、輝かしい受賞歴を誇る一方、あらゆるタブーに切り込みセンセーショナルな反響を巻き起こしてきた鬼才ラース・フォン・トリアー。問題発言によるカンヌ国際映画祭追放処分を受けてから7年。昨年開催された第71回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門で、待望の完全復活を果たした最新作『ハウス・ジャック・ビルト』が6月14日(金)に日本公開となる。

 この度、本作の公開を記念して、ラース・フォン・トリアー監督のエアファンミーティングが実施された。トリアー監督が昨年のカンヌ国際映画祭で衝撃の完全復活を遂げたことで、トリアーファンはもちろん、ディープ層からライト層まで幅広い映画ファンから熱い注目が集まっている本作。トリアー不在のなかで行われたエアファンミーティングでは、日本でトリアーを語る上で欠かせない滝本 誠(美術・映画・ミステリ評論家)、柳下毅一郎(映画評論家・特殊翻訳家)、町山広美(放送作家・コラムニスト)、品川 亮(STUDIO VOICE 元編集長・文筆/編集業)の4名が、トリアーの初期作から本作までの魅力や、カンヌ国際映画祭におけるトリアー監督の問題発言についてなど縦横無尽に語り尽くしました!トリアー愛が炸裂した濃密すぎる内容にライトファンからコアファンまで大満足の2時間となった。


 ラース・フォン・トリアー監督のファンミーティングなのに、トリアー本人が不在という異例の“エア”ファンミーティングとなった本イベント。映画の酸いも甘いも噛分けたゲスト陣が登壇するトークイベントということもあって、チケットの事前予約は大好評で、当日の会場も見事満席に。司会役でもある品川 亮に続き、滝本 誠、柳下毅一郎、町山広美が登場し、大きな拍手に包まれるなかイベントがスタートした。

 まず初めに、滝本が「イベントの前に、ナチスに絡んだ映画を観てきたんですが、このイベントも(カンヌ国際映画祭でのトリアー問題発言の)ナチス絡みで、うかつなことは言えないなと思っています……(笑)。原題の“The House That Jack Built”ですが、邦題は『ハウス・ジャック・ビルト』で、“The”がなくて、この映画のロゴでいう屋根の部分ですよね。“That”部分もないわけですが、この映画にはジャックが建てようと試みる“屋根のない3階建ての建物”が出てくるんですよ。そのことを考えると、配給がこの邦題を選んだことは素晴らしいと思います」、続けて柳下が「トリアーとは付き合いが長くて、デビュー作からずっと観ています。『ヨーロッパ』(91)では宣伝を手伝ったりして、昔から好きな監督です。今回は連続殺人鬼の話ということなので、殺人研究家としてお話ししようと思います」、最後に町山が「本作を最初に観たとき、ラースが“俺は絶対に謝らないぞ”と言っているように感じました(笑)。なので、今日はビョークのTシャツを着てきました」と、それぞれが本作の邦題についての見解や、物議を醸し続けている昔のトリアーの事件にも触れながら挨拶した。

 イベント当日5月24日(金)は、第72回カンヌ国際映画祭が開催中だったことから、話題はトリアー監督が2011年にカンヌ追放処分を受けた話に。当時『メランコリア』(12)の公式会見で、ヒトラーに共感を示すような発言をしたことをきっかけに、約7年間カンヌ国際映画祭を追放されることとなったトリアー監督。その一連の出来事を振り返り、柳下が「要するにあれって、トリアーにとってはジョークだったんです。しかし会場ではスベった空気になってしまって、さらに被せていって、どんどんスベっていったという……(笑)。本来は大したことじゃなかったんです。謝ってしまえばよかったのに……でも謝れなかったんですよね(笑)」と、当時のラースの状況について説明。品川も「たしかに本人も、“あれは冗談だった”と言っていましたからね。それを“こんな冗談が通じない社会は良くない”と開き直っていましたよ(笑)」と同調。会場にいた観客のほうもディープなファンというだけあり、当時のニュースを思い出してうなずいたり、驚いたりといった様子を見せた。

 続けて、品川が今回ゲストの中で唯一女性である町山に「ラースは今回の作品のインタビューで、“女の人ってシリアル・キラーが好きだよね”、“母親が強烈なフェミニストだったから、男であることの罪悪感を植え付けられて育ってきた”といった発言をしていますが、女性としてどう思いますか?」と質問。町山が「マッド・ディロンがシリアル・キラーの役なんですが、こんなに白目が綺麗なシリアル・キラーって見たことないですよね(笑)。トリアーの中では、“イケメン=無罪”のような、皮肉みたいなものがあるのかなと思いました。女性を殺すシリアル・キラーの映画は必ず母親との関係が出てきますが、トリアーは母親の影響を描かないというのは面白いと思います」と分析すると、殺人研究家の柳下も「たしかに、殺人の原因についてはあまり描かれていないですね。ただ、殺人鬼の考え方や、どのような殺人欲求に憑りつかれて殺人を起こすのかということはしっかり描かれているんです」とコメント。続けて、品川が「その殺人鬼としての衝動が図式化されているんですけど、あれはラースのアルコール依存症の状況がそのまま描かれていたように思えますよね」とラースの当時の状況に重ねるなど、それぞれが自身の見解を明かすと、観客も理解が深まった様子を見せた。

 また、これまでのトリアー作品に引き続き、過激すぎる暴力シーンが物議を醸している本作について、柳下が「映画の中でも、芸術には残酷さが必要なんだとジャックが言い訳しますよね。『ニンフォマニアック』や『アンチクライスト』の時に、散々こんなにグロいシーンが映画に必要なのかと言われて叩かれたので、“じゃあやってやろうじゃないか”という部分が今回あったと思います」、町山が「全編を通して何かに答えているような映画だなと思いました。本人は認めていないですけど。“映画の中でなら、俺は答えられるぞ”という」とそれぞれの想いを明かすと、納得や共感の声が客席のところどころから沸き起こった。

 さらに、トリアー監督の過去作から本作までの魅力について話題が及ぶと、柳下は「僕はずっと、トリアーは形式主義者だと思っています。トリアー自身が言っているんですが、彼の母親がヒッピーで家では完全な自由放任なことから、幼児期から何一つ禁じられたことがなかったようです。逆に、大人になってから精神的な深刻危機を迎えて何をやっていいか分からなくなってしまったと明かしていて、それだからか映画を作るときは外枠から作っていくんです。例えば、わざわざ“ドグマ95”という映画作りのルールを作ってその中で撮影をしていましたね。『ドッグヴィル』(03)の主人公も、自分が作ったルールに縛られて動けなくなってしまうのも同じことです。本作のジャックも、いろいろな精神的なルールに縛られている殺人鬼なんですよ。それが半分コメディのように、うまく描かれているんですが、そういう意味では昔から共通していると思います」と、作風は変化しながらも一貫したトリアーの拘りがあることを明かした。滝本は、トリアーの過去作を振り返り、「衝撃から言うと『エレメント・オブ・クライム』(87)が一番好きかな。トランスから精神分析を含めて怪しくて、これが一番変態的かな……」と言及した。

 過去作から振り返ってきた流れで最新作『ハウス・ジャック・ビルト』の注目ポイントの話題に移ると、町山は「本作で“血の帯”が現れるワンシーンがあるのですが、キム・ギドク監督の『嘆きのピエタ』のラストを思い出しました。すごく綺麗で、面白いシーンなので、ぜひ観てしてもらいたいです!」と、するどさの光るワンシーンをピックアップ。滝本は、劇中にデビット・ボウイの〈FAME〉が何回も流れることから「本作を観る前の予備としては、トーキング・ヘッズの“サイコキラー”が非常に明るくて、やっちゃえ!楽しいじゃん!という感じがあるので、トーキング・ヘッズの初期を聴いて挑むといいのではないでしょうか。トリアーも聴いている可能性はありますね」と、鑑賞前に聴いておくと良いオススメ音楽を挙げた。続けて、柳下は「トリアーの映画はメタファーと映像が同一化してしまうというのがあります。本作も家を建てるというのはメタファーであって、彼にとっては実現し得ないことで、それが成功したら彼の殺人人生が報われるというものとして家を建てたいんだけど、どうやっても家が建たないというフラストレーションでまた殺人を犯してしまう。しかし、まさにラストシーンで、そのメタファーと現実がとんでもない形で実現するんです!」と熱心に語ると、まだ作品を観ていない観客たちは、一体どんな内容が繰り広げられるのか気になってしょうがない様子。

 そこで、今回は最新作の本編映像の一部分を少しだけお披露目することに! 前述の注目ポイントに加え、登壇者がそろって、「とっても笑える作品」と感想を明かす本作だが、今回観客の前で観せることになったシーンも、柳下が「このシーンも最高に面白いですよね!」と太鼓判。観客が食い入るようにスクリーンに見つめるなか映し出されたのは、トリアー監督自身も脚本を書いていて楽しかったと明かす、主人公のジャックがシオバン・ファロン演じる第2の被害者の家に入るために警察を装うワンシーン。「警察ならバッチを見せて」と疑う第2の被害者に対し、「かなり上に昇格したので、今は銀細工師に預けて磨いてもらっているところなんです……」と、とっさに返すジャックの苦しすぎる言い訳に、会場は大爆笑! 応援上映ならぬ、爆笑上映が始まったのかと思えるほどに会場は大盛り上がりとなった。

 イベント後半には、トリアー監督エアファンミーティングということで、本作のグッズプレゼントを懸けてじゃんけん大会を実施! 見事勝ち抜いた観客たちには、本作の映画ポスターと、今回のイベントのために特別に作られたオリジナルTシャツをそれぞれプレゼントされることに。トリアー監督ファン垂涎モノアイテムの登場に会場はただのじゃんけん大会とは思えないほどの熱気に包まれ、大盛り上がりとなった。

 最後に、滝本から「公開日の翌日、6月15日(土)に、代官山蔦屋で本作のトークイベントをやる予定です。“アート”に特化したイベントをやるのでぜひ来てください!」、柳下は「僕はずっとトリアーのことが大好きですし、付き合いも長く、仲間意識というか、家族として応援しているので(笑)、今さら一本の映画が良い悪いという感情は無いですが、本作も笑えるところは結構多いのでぜひ観てください!」、町山は「この映画はかなり面白く観ることができました!『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が苦手な私でも、『メランコリア』以降仲良くなれている気がします(笑)」と締めくくり、約2時間にわたる濃密すぎるトークイベントは幕を閉じた。



(オフィシャル素材提供)



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