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記者会見

トップページ > 記者会見 > 『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』

『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』クランクアップ記者会見

2019-04-18 更新

佐藤浩市、渡辺 謙、株式会社KADOKAWA 水上繁雄プロデューサー、椿 宣和プロデューサー

Fukushima 50tajurou 配給:松竹、KADOKAWA
2020年 全国ロードショー
© 2020『Fukushima 50』製作委員会

 2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。そして福島第一原発事故。日本人誰もが経験し、全世界が震撼した3.11の関係者90人以上への取材をもとに綴られたジャーナリスト、門田隆将(かどたりゅうしょう)渾身のノンフィクション作品「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」(角川文庫刊)原作の映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』が、2020年に全国公開となる。

 本作は、2011年3月11日午後2時46分に発生し、マグニチュード9.0、最大震度7という、日本の観測史上最大の地震となった東日本大震災時の福島第一原発事故を描く物語。想像を超える被害をもたらした原発事故の現場:福島第一原子力発電所に残った地元福島出身の名もなき作業員たちは、世界のメディアから“Fukushima 50”(フクシマフィフティ)と呼ばれた。世界中が注目した現場では何が起きていたのか? 何が真実なのか? 浮き彫りになる人間の強さと弱さ。東日本壊滅の危機が迫る中、死を覚悟して発電所内に残った職員たちの知られざる“真実”が、今、遂に明らかになる。

 主演には、『64ロクヨン 前編』で第40回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した佐藤浩市。地元・福島出身で現場を指揮する熱血漢、伊崎利夫役を演じる。そして、共演の福島第一原発所長の吉田昌郎役に、『沈まぬ太陽』で第33回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞した渡辺 謙。そして監督は同じく『沈まぬ太陽』で第33回日本アカデミー賞優秀監督賞を受賞し、社会派・骨太な作風に定評のある若松節朗ら、超豪華実力派キャスト・スタッフがこのビッグプロジェクトに集結した。

 そしてこの度、佐藤浩市と渡辺 謙、株式会社KADOKAWA映像事業局映画企画部部長・水上繁雄プロデューサー、椿 宜和プロデューサーが登壇し、本作のクランクアップ記者会見が開催された。

 会見には約200人の報道陣がかけつけ、先ず水上プロデューサーから「まもなく平成が終わりますが、世界的にも類を見ないあの大事故を新しい時代にも伝えていこうという思いで企画がスタートしました。当時原発内で戦っていた作業員の方々は、海外からFukushima 50と呼ばれており、ほとんどが地元福島の方でした。我々と同じ一般人で、悩み、怒り、泣き、いろいろな思いで作業されていました。頭の中には常に避難したご家族のことがあったそうです。こうした方々のドラマを物語の中心に据えながら、報道だけでは分からない事故の真実を描こうと決めました。大自然の脅威、人間の慢心という部分も重要なテーマです。本作は門田隆将さんの『死の淵を見た男』を原作としており、非常にリアルな内容を映像化しています。東日本大震災からは8年が経ちましたが、震災ならびに事故の風化が懸念されています。被災地の復興や福島第一原発の廃炉作業等も取り組むべき課題が多々あります。今一度、震災そして原発事故と向き合っていこうと、この映画の製作に取り組んでおります。KADOKAWAには『金融腐蝕列島 呪縛』、『沈まぬ太陽』という社会問題をテーマにした作品を製作してきた歴史がありますので、今回の作品も後世に残る物として製作していきたいと思っています」と本作『Fukushima 50』(フクシマフィフティ)の製作に至った経緯が語られ、会見がスタートした。


出演オファーを受けた時のお気持ちをお聞かせください。

佐藤浩市: 人間は忘れなければ生きて行けないことと、絶対に忘れてはいけないこと、その2つが生きていく上で大変大切なことだと思っています。当然この映画は後者で、絶対に忘れてはいけないこと。それを我々がメッセンジャーとして、事実として映画にどう刻むか。劇場を出た時、この映画を観てくれた人々がどういう想いを抱くか、それを大事にして映画を進めていきました。

渡辺 謙: この題材をやるんだというお話を伺った時に非常にハードルの高い作品になることは間違いないなと思いました。ただ、これをやると決めたのは、『沈まぬ太陽』という映画を作っていただいた角川歴彦さんからで、その全てのハードルを越える気持ちで企画されたんだということをその時理解しましたし、受けて立つと言うとおかしいですが、参加させていただこうと思いました。それともう一つ、『許されざる者』という映画を撮った時に、佐藤浩市君と一緒にやらせていただいたんですけども、「浩ちゃん、100本目の記念作品どんな役でも出るからね」と言っていましたが、最近多作なもんですから、いきなり100本直ぐ越えちゃいまして。その100本目にはお付き合い出来なかったんですけども、その時に約束した答えをこの映画で出したい。その答えを出すに相応しい映画になるなと思いましたので、その時点で一緒にハードルを越えたい、そう思いました。


1・2号機当直長の伊崎(佐藤浩市)、所長の吉田(渡辺 謙)を演じられましたが、役作りをどのようにされましたか。

佐藤浩市: 私どもの生活の中では、自然界に放射能はあるんですけども、あまり縁のないところにいる自分と、原発の中で放射能というものを理解しながらそこにいる方々。結局にわか勉強でしかないんですけれど、そういった現場を見に行かせていただいたりとか、浅い知識ながら文章を読んで詰め込んでということしか出来なかったですね。後は演じながら、閉塞的な中操(中央制御室)というところでの人間関係が、上手い具合に順撮りでシーンごとに撮影出来たので、その中で取り組んでいくしかなかったです。


fukushima50

渡辺 謙: 非常にプレッシャーのかかる役でした。吉田さんはテレビ会議ですとか、その後いろいろなところでメディアに扱われていることが多く、尚且つこの映画の中で僕以外の方は皆さん名前がちょっとずつ変えてあったり、一応フィクションの作り方をしているんですが、吉田所長だけはご遺族にも確認をとって本名で出す、ということで頂いた役でした。実際に皆さんの目に留まっている映像も含めて、情報の多い方でしたので、そういう意味ではプレッシャーがかかりました。
 実際の撮影では本当にほぼ緊対(緊急対策室)の中でテレビ会議やら電話を外とやり取りをし続けていましたので、今ここで何が行われているのか、今何が起こっているのか意識するのが難しかったです。ただ、非常に助けになったのが、当時緊対で吉田さんの近くでお仕事をされていた方々が何人かスタジオにお見えになられたことがありました。その時に、この局面では実際にはどうだったのか、この局面では吉田さんはどのように対応したのか、テレビ会議や電話で映し出されていない吉田さんは実はどうだったのかということをかなり根掘り葉掘り伺いました。その時の状況を聞かせていただき、それでかなりいろいろなことを監督と相談しながら、実際はテレビ会議を切った後に何回バカヤローと言ったか、正の字をつけて数えていたとかなど、参考にしながら役を作らせていただきました。


本作のために作られた、大規模に再現されたセットについてお聞かせください。

椿 宣和プロデューサー: これは、津波で破壊された原発屋外を再現したセットで長野県の諏訪市内に作ったものです。建屋の水素爆発のシーンもここで撮影しました。まるで戦場のようなセットで大変おおがかりなものになりました。我々が初めて見た時、本当に被害を受けた原発のように感じるほどの迫力でした。


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このセット(津波で破壊された原発屋内)での撮影に参加されていかがでしたか?

佐藤浩市: 丁度中操を出て緊対に向かうというシーンで、このオープンセットが僕の初日だったんです。当然美術部の頑張りも含めて、改めて自分たちがどこへ向かっていくのかということを再確認させていただいたシーンでした。


中央制御室のセットについてお聞かせください。

椿 宣和プロデューサー: こちらは正式には中央制御室と言いまして、サービス建屋の2階にある、1・2号機を制御するところです。いろんな資料を参考にして、細部まで正確に再現しています。これまでテレビなどでも映像化されていますが、ここまで大がかりに正確に作ったものはおそらくないかと思います。


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このセット(中央制御室)での撮影に参加されていかがでしたか?

佐藤浩市: 他の発電所に視察に行かせていただいて、そこの中操を見られましたが、それがセット内に大きさも含めてほぼ忠実に再現されていました。実際はあの日直ぐに電源が落ちて、ずっと暗い中での作業になるんですけど、それもその通り再現してずっとほのかな明かりの中で撮影をやっていました。セットをリアルに再現していただいてありがたかったです。


緊急対策室のセットについてお聞かせください。

椿 宣和プロデューサー: イチエフ内の免震棟にある緊急対策室になります。実際に吉田所長はここで指揮を執っていました。報道でもよく出てくる場所なので、皆さん記憶にあるのではないでしょうか? こちらもとにかく大きなセットで本物そっくりでした。ここに常時100人以上がいて、本部とやり取りしながら、中操とはまた違う緊迫感がある撮影でした。


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このセット(緊急対策室)での撮影に参加されていかがでしたか?

渡辺 謙: 非常に不謹慎な言い方になってしまうかもしれませんが、ここには非常用電源がありますので、ずっと電気はつけっぱなしです。そしてドラマ的には何も起こらないんです。だけど、外ではものすごいことが起こっているんです。1日で撮影は終わらないので、お疲れ様でしたって言ってまたここに来ると、昨日となんら変わらない物や人がいて、時間の経緯とか外がどうなっているのか分かり辛い。それが分からないことの焦燥感を感じればいいのかなって思っていました。セットの右上にテレビ画面のモニターがあるんですけども、ニュース映像やなんかの映像をここで流しているんですね。実際の津波後の映像ですとか、水素爆発した時の映像ですとかそういうものが流れますので、そういうのを見ながら8年前の第一原発の状況に自分を仮想でもいいから身を置きたい。そういう気持ちでモニターを注視して、撮影していたっていうのが僕の思い出ですね。


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避難所のセットについてお聞かせください。

椿 宣和プロデューサー: セットというよりほぼ避難所そのものでした。現実と同じく体育館に作ったセットですが、多くのエキストラの方々に来ていただいて撮影が始まると、避難所そのものでした。この写真だけでも実際に避難されていた方々の大変さが伝わるかと思います。


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これからポストプロダクションが始まりますが、どんな映画になりそうですか?

水上繁雄プロデューサー: とにかく日本映画のターニングポイントになる映画になると思います。この事故を次の世代に伝えていくということは我々映画製作者の使命であると感じておりますし、ここまで描けるのは映画でしかできないと思います。世界に向けても発信していきたいと思います。海外公開も視野に入れていますので、ぜひご期待下さい。


福島の方々に対して、どのような想いを抱いておられますか?

佐藤浩市: 最近ニュースでも福島のことがまた取り上げられていますが、まだ何も終わっていないどころか、まだ何も始まってもいないかもしれない、それを来年のオリンピックイヤーにもう一度振り返りつつ、前を向くために何をすべきか、何を考えるべきか、というのを皆さんで考えていただきたいなと、自分も含めてですね。そういう思いです。

渡辺 謙: 震災以降、岩手、宮城、福島、様々な避難所を回らせていただいて、それぞれ抱えている悩みや現実が違うというのは理解できているつもりではいるんですけども、さすがに僕たちのエンターテインメントという仕事の中で、なかなか力を貸すことができませんでした。でも僕たちが一番力を発揮できるこの“映画”という中で、現実を知っていただく、こういうことが起こったんだ、ときちんともう一回皆様に触れていただくことが出来る、そういう作品に関わることが出来た、この作品を届けることが出来ました。時間はかかってしまいましたが、そういう思いを伝えたいです。


本作の撮影を通して、役者として新たに得られたことはありましたか?

佐藤浩市: 非常に強い思いを持って作り手の意図を伝えることが大切な映画もあれば、出来るだけ事象に沿って現実に沿って自分たちがそこにいるそのものを伝える映画もある。演者の欲というよりは、まっさらな気持ちの中でそれを体験するということを改めて感じさせていただきました。

渡辺 謙: 新しいというよりも、僕は原点に戻ったような気がしました。若い頃はある種の欲みたいなもので必死に足掻いていたこともあったんですが。「本当にお前、この仕事で社会にどう関わっていくんだ?」っていうことをここ数年は考えながら仕事をしていたんですけども、本当にそのことにきちんと向き合わなければ、ということを思わされたので、そういう意味では原点に戻って、きちんとそこにあることを自分の身体を通してどうやって伝えていこうかという、非常にシンプルな体験をしたと思っています。


福島原発の事故を描いた作品ということで、撮影現場も過酷だったかと思いますが、特に大変だったことは何でしょうか?

佐藤浩市: 順撮りという方法で中央制御室のシーンを撮影させていただいたんですけども、やっぱり日ごとに皆の顔が変わっていく。当然実際そこにおられた方の気持ちに寄り添うことは到底不可能なんですけども、自分たちもそういう思いの中でこの撮影を進めて行けました。実は1日だけ残ったシーンを先日福島で撮影させていただいて、その時に編集も終わっていない、映像をちょっと繋いだものを見せていただいて、正にみんなの顔がどんどん変わっていく。これは役者の技量とかではない何かがあったんじゃないかなという思いです。

渡辺 謙: 今回の緊急対策室というシチュエーションが非常に特殊なもので、緊急対策室にモニターがあって、それがテレビ会議の相手側も映るし、こちら側も映るっていうものなんです。なので、先ずモニター用の芝居を撮って、それからこちら側の芝居を撮って、既に撮影してある政府の方とかが写ったモニターとも芝居をしなければならない。もちろんイメージは作れるんですけども、少しずつ何かを感じて変えてみようとした時に、かなり前もって作り込んでおかないとそれが反映されない撮影の仕方になっていたんですね。だから監督と事前にかなり話しながら撮影を進めました。また、これだけ大勢の人間がおりますと、今年の1月の撮影だったので、キャストの中に役でマスクを付けている人がいるんですけども、もしかしたら本当にインフルエンザかなっていう人も増えてきて。体調不良との闘いもありました。皆最後までよく辿り着けたなという思いもあります。


こういった題材をテーマにされていますが、事故や津波、放射汚染の被害などについては、どの程度まで描かれるのでしょうか?

椿 宣和プロデューサー: 皆さんが報道等でご存知の内容は当然ありますが、映画の中心に置かれているのは原発内にいた【Fukushima 50】と呼ばれた人たちです。事実を捉えた人間愛をテーマにしております。放射能に関しては、見えないものなので演技や防護服等でその怖さを表現しています。津波に関してですが、これは事故の発端となった事象ですので、CGを駆使して表現しております。


この作品が上映されるのが2020年で、東日本大震災発生から10年目という節目の年となり、東京オリンピックも開催される年となります。国際的な展開も視野に入れているという話もありますが、改めて本作を通して社会にどのようなメッセージを届けたいと思っていますか?

佐藤浩市: もう8年と思うか、まだ8年と思うか、そういった思いは日本人一人ひとりの中で違うと思います。まだ、震災当時を振り返ることが出来ない人もいるでしょうし、生まれてはいたけど幼少期で記憶がないという10代の子供たち、そうしたいろいろな方がいる中で是か非かということではなく、この映画を観ることで、若い世代に何かを感じ取ってもらいたいと思いますし、未来を生きる者たちにとって何が必要なのか、それも含めて各々が感じ取っていただきたい。そのためだけに僕は作品に向き合ってきました。

渡辺 謙: 少し誤解を恐れずに申し上げますと、『硫黄島からの手紙』という作品に参加していた時に、この国の民意は非常に論理的に継承して後世にどう残していくかと考えるのがあまり上手ではないのかなと感じていました。それは恐らく、本作で取り上げる原発事故もそうなる気がしてならないんです。本作は原発がいいとか悪いとか、そういったことを描く作品ではないですが、こういった事故があったということを論理的に継承して、僕たちの子供世代、孫の世代にとって、こういったことがあったという材料となってほしい。こんなことがあったという現実を世に送り出すまではきちんと関わっていきたいです。


 会見の最後に渡辺は、「『沈まぬ太陽』の時も非常に社会的な大きなテーマを扱った作品を公開する時に、周りの方の協力がないとなかなか世の中の方に伝えるのが難しいという想いがしておりました。そういう時に多くのメディアの方々が映画に賛同していただいたことに大きな感謝をしております。この作品もそういう作品になると思います。ぜひ皆さんの力を借りてたくさんの方々にこの作品とこの事象を知っていただきたいと思っています」と力強くコメントし、佐藤も「こんなに笑いの少ない映画の会見は初めてです。僕らもそうですし、皆さん妙な緊張感持ってこの場にいられるんだと思うんです。この会見で感じたことを多くの方々に伝えていっていただきたいです」と集まった約200人の報道陣に向けてコメントした。


fukushima50


映画『Fukushima 50(フクシマフィフティ)』

(2019年、日本)

 ■監督:若松節朗
 ■脚本:前川洋一
 ■原作:「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発」門田隆将(角川文庫刊)840円(税別)
 ■出演:佐藤浩市、渡辺 謙ほか


 ■公開表記:配給 松竹、KADOKAWA
 2020年 全国ロードショー

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(オフィシャル素材提供)



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